恋海short-story

□眠れない二人
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深夜。

ベッドで寝ているひよりはそっと起き上がり、俺を起こさないように静かに部屋を出る。

あいつがこの船に乗ってから一週間。

毎晩その行動は繰り返されていた。

あいつはばれないように部屋を抜け出しているつもりのようだが、生憎俺はどんな小さな物音や振動でも敏感に察知して、目が覚めてしまう。

山賊時代の名残だろう。





初めは、トイレにでも行っているのかと思ってた。

でもなかなか戻ってこないあいつを探しに行くと、甲板で一人泣いていた。

その姿を見た時、俺はどうしていいのか分からず、あいつの前に姿を現すことなく、泣き止むまで物陰から見守っていた。




昼間はニコニコと明るく皆の仕事を張り切って手伝い、泣き言一つ言わないのに…

夜になれば一人、故郷に思いを馳せて泣いている。



今夜もまた、一人で海を見ながら泣くのだろうか…



そして朝になればまた、何事もなかったかのように、明るく振る舞うのだろうか…





放っておけばいい。

いつかはヤマトへ帰すんだから。

一生戻れないわけじゃないのに、何を泣くことがあるって言うんだ。



もう一度眠りにつこうと目を閉じるが、やっぱり気になって眠れない自分がいた。



くそっ。

これだからガキのお守りは嫌なんだ。



俺はランプを掴んで部屋を出る。

甲板へ上がると、ひよりの小さな背中が見えた。



「おい」

俺は後ろから声をかける。

ひよりはビクッとして振り向いた。

「びっくりした〜。ナギさんどうしたんですか?」

「どうしたんですか?じゃねーよ。毎晩毎晩コソコソ部屋を抜け出しやがって」

「ばれてました?」

「海賊舐めんな」

「ふふっ」



せっかく心配してやったのに、当の本人はまったく平気そうだった。

ホームシックじゃなかったのか?

そう思って心許ないランプの灯りでひよりを見ると、やはりその頬には涙の跡。

俺が来たから、無理して笑ってるのか…



俺は胸がギュッと締め付けられた。



俺が来たのは間違いだったのだろうか。

落ち着くまで、一人で泣かせてやるべきだったのか。



少し、ひよりに声を掛けたことを後悔した。

女の扱いなんて慣れてないから、こういう場合、どうしてやれば一番いいのかなんて分からなかった。



「戻るぞ」

俺は短くそう言うと、船室へと向かう。

ひよりもおとなしく後を着いてきているのが、気配で分かった。



「ごめんなさい」

部屋へ戻ると、ベッドに腰掛けたひよりが俺に謝った。

「私が起きちゃうと、ナギさんも寝れないんですね…」



ああ、やっぱり、ひよりに声を掛けるべきじゃなかった。

これでこいつは明日から、一人で泣くことも出来なくなる。



俺には帰る場所なんてものはないから。

こいつの気持ちなんて分からない。



でも、放っておけないこの気持ちはなんだ…



「…え?ちょっ、ナギさん!」



俺は黙ってベッドに入ると、ベッドに腰掛けていたひよりの手を掴んで自分のほうに引っ張った。

そして、ぎゅっと抱きしめてやる。

ひよりは身体を固くしていたが、俺がポンッポンッとリズムよく背中を叩いてやると、身体の力が抜けて、俺に身を預けた。

「いなくなられたら、気になって眠れねぇ」

「…ごめんなさい」

「だから、ここにいろ…」



ひよりが俺を見ると、その瞳にはみるみるうちに涙が滲んだ。

涙が零れる直前に、ひよりは俺の胸に顔を埋める。

俺はひよりの頭を撫でて、そのまま泣かせてやった。



愛しいって、こういう気持ちの事を言うのか?



俺の胸で静かに泣いているひよりを抱きしめながら、俺は確かな心臓の高鳴りを感じていた。



この音が、ひよりに聞こえなければいいが…



俺は僅かにひよりから身体を離すと、ひよりの顔を自分の方に向けた。



涙に濡れたひよりの瞳と、俺の視線が絡まる。



ああ、ヤバい。



この雰囲気は…



キス、しちまいそうだ…





俺は衝動に任せて目を閉じて、ひよりに顔を近付けようとした、その時、

「ナギさんって…」

「ん?」

「お母さんみたいですね」

とひよりは言った。





……

………は?

「お…母さん?」

ひよりの衝撃発言に、俺はそのまま固まった。

そんな俺をよそに、

「はい、お母さんも、昔私が泣いてる時、抱きしめて背中ポンポンってして、頭撫でてくれました」

とひよりは笑顔でそう言った。





お父さんでもなく、お母さん…



男ですらないってことか?



どんだけガキなんだこいつは!!





一瞬でもこんな女に魔がさした俺が馬鹿だった。



俺はひよりにデコピンを食らわした。

「痛ーい!酷いです!」

「うっせー。さっさと寝ろ!」

俺はひよりに背中を向ける。

「ナギさん」

「なんだ」

「明日からもよしよししてくれますか?」

「もう絶対しねぇ!」





その日から、ひよりは夜中に目が覚める事もなく、朝までぐっすり眠れているようだった。



反対に、俺のほうがひよりを意識して眠れなくなったんだが、ひよりは全くそんな俺に気付く気配もなく…



俺の眠れない夜は続いていく。

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