恋海short-story
□寒い夜だから
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(…寒いな)
手を擦り合わせても息を吐きかけても、一向にあったまらない。
シリウス号は今、北の海域を航海している。
寒い場所を嫌うシンは普段は航路をもっと南に取るんだが、船長が北の大地に咲くというオーロラの花を取りに行くと言って聞かなかった。
その花の種が、美容にいい成分の塊のようで、業界が研究用にこぞって欲しがっているらしい。
それを見つけて高く売り付ける魂胆だ。
周りは氷河。
気温は氷点下。
シンも早くこの海域を抜けようと、寝ずに舵取をして必死になっているはずだ。
昨日から大分気温が下がってきてはいたが、今晩の寒さは今まで誰も体験したことがないくらいじゃないだろうか。
そんな状況の中、俺は不寝番で見張り台にいた。
でもさすがにこの寒さはやばい。耳なんかもう感覚がなくて、ちぎれそうだ。
その時、誰かがランプ片手に見張り台に上がってくる気配がした。
「ナギさん」
「トワ」
しっかり防寒対策を済ませたトワだった。耳にはフワフワモコモコの耳当てなんかして、妙に似合ってる。
「どうした?こんな夜中に」
「船長から、今日は交代で見張りをやってくれって寝る前に言われました。ナギさんもう上がってください」
さすがにこの気温の中、一人で見張りをぶっ通すのはキツイだろうという船長の判断らしい。
ほんとにあの人は。
豪快に見えて、実はそういう細かい配慮ができる、本当に尊敬出来る男だ。
「そうか。ありがたい」
船長の気付いを素直に受け取り、トワに見張りを引き継いだ。
「これ、使え。今日の寒さは尋常じゃねぇ。」
俺は普段床で寝る時に使っている毛布をトワに渡した。トワも毛布は持ってきていたが、一枚よりは二枚あったほうがはるかにマシだろう。
「ありがとうございます」
トワは素直に毛布に包まった。
こう冷えきってては風呂にでも浸かりたいところだが、今回はあと何日かかるか分からない航海の為、寄港の目処が付くまでは、水も燃料も節約しなくてはならない。
風呂は諦めて部屋へ戻ると、ひよりは静かな寝息を立てていた。
(ぐっすり寝てる…か)
普段使ってる毛布はトワに渡したし、さすがに毛布なしで床に転がる気はしねぇ。
多少躊躇はしたが、俺はひよりの寝ているベッドに入ることにした。
こいつは一度寝たらなかなか起きねぇし、俺のほうがいつも朝食の準備で早く起きるから、気付かれることはまずないだろうと思った。
なるべく慎重に、起こさないように、ひよりが背を向けている方に入る。
こいつの熱が布団に移ってて、かなり暖かかった。
(子供は体温高いって言うしな)
あまりの身体の冷えに、その心地好い温もりをもう少し味わいたいと、ひよりを背後から抱き竦める。ひよりの背中の温もりが、俺の胸や腹の辺りにじんわりと広がった。
髪からは、甘いココナッツの香りがする。ドクターがこいつの為に特別に配合してやった洗髪料で、俺はこの香りが大好きだった。
冷えを取ろうと、こいつの脇腹に手指を差し込んでみる。
じんわりと熱が戻ってくるのを感じたと同時に、俺はあることに気付いた。
(こいつ、ブラしてない!?)
脇腹に差し込んだ手に僅かに当たる、必要以上に柔らかい丸みを帯びたもの…
それが胸だということに気付くのに、そう時間はかからなかった。
ガキだガキだと思っていたから、同じ部屋で寝てても下心を抱いたことなんて一度もなかったし、寝る時にブラをしてないなんて知らなかったというか、気にもしていなかった。
ていうか今まで、風呂上がりに普通に寝巻きで部屋の外もウロウロしてたぞこいつ?
もしかして俺以外の皆は、こいつがノーブラで歩き回ってるのに気付いてたのか?
(ちっ、無防備にも程があるぞ)
寝巻で部屋の外に出るなと、起きたら注意しよう。そう思って眠りにつこうとしたが…
手に当たる丸みが気になって寝付けない…
(なんつーか、見た目よりももっと…)
手を動かして、その丸みの大きさを確かめたい衝動に駆られたが、さすがにそれはマズイだろう…
なら手を退かせばいいだけの話しだが、この僅かに当たる柔らかさが名残惜しくもあり…
悶々とすればするほど、下半身に熱を帯びてくるのを感じた。さっきまで感じてた寒さなんて、とっくにどっかいっちまった。
そーっと手を脇腹から抜き取り、胸を触ろうとした瞬間、
「…んっ」
こいつがいきなり身じろぎしたので慌てて手を引っ込める。
(何ガキに発情してんだ俺は!)
これ以上引っ付いてたら危ないと思い、ひよりに背を向けて寝る体勢を取った。
マジでヤバかった。
ドクドクと脈うつ心臓を静めようと必死になっている時、ひよりは寝返りを打って、あろうことか俺に背後から抱き着いてきた。
背中から伝わる温もりとともに、感じる二つの丸み…
それはもうガキなんかじゃなく、若干小さめではあるがしっかりとした女のそれで…
(ね、眠れねー!!)
結局明け方まで目はギンギンに冴え、俺は悶々とした一夜を明かしたのだった。
(もう何があっても床で寝よう)
ひよりを初めて女だと意識した夜だった。