恋海short-story
□海賊生殺し
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「おいナギ!ひよりを部屋に連れて帰ってやれ!」
シンに頼まれたツマミを持って宴に戻ると、船長に声を掛けられた。
船長が親指で示したほうを見ると、ハヤテとトワとひよりが仲良く並んで甲板で伸びていた。
「どうしたんすか、これ」
こう見えてひよりは酒には強いから、今までほろ酔いにはなっても、決して潰れたりはしなかったのに。
「僕たちが気付かない間にね、倉庫から『海賊殺し』を持ってきて三人で空けてしまってたんだよ」
ドクターが、困った子達だね、というように説明してくれた。
海賊殺しとは、どんなに酒に強い海賊であろうとも、飲めば酔わずにはいられない最強の酒だ。
なかなかお目にかかれない珍しいものだが、先日立ち寄った港で見つけたから、この酒が好きな船長用にと1ケース買っておいたのだ。
そういえばハヤテに買い出しを手伝わせた時、海賊殺しに興味津々だったな。
ドクターやシンら年長者が何やら難しい話しをしている隙に、若い三人で興味本位で飲んだんだろう。
海賊殺しのボトルは、ほぼ空に近かった。
俺はシンにツマミを渡すと、ハヤテとトワの間に寝っころがっているひよりの手を引っ張った。
しかしこいつは全く起きる気配がなく、だらりと身体が揺れるだけだった。
「ちっ」
仕方なく背中と足を支えて抱き上げる。いわゆるお姫様抱っこっていうやつだ。
「ヒューヒュー」
船長が囃し立ててきたから、ギロリと睨んでやった。
そのまま階段を下りて、部屋に連れていく。
酔った人間は重いと聞くが、こいつはちゃんと食ってるのかと思うほど軽かった。
まぁまだお子ちゃま体型で、つくべき肉もついてないしな。
足で部屋のドアを開けて、ドサッとベッドの上にひよりを降ろす。
「…っん」
しまった。ベッドだからと油断して、また乱暴に降ろしちまった。
ひよりの目が虚ろに開いて俺を見る。
その表情に、俺は迂闊にもドキっとしてしまった。
潤んだ瞳に、上気した頬、半開きの唇で、普段のひよりからは考えられないような、大人っぽい表情だった。
「…わりぃ」
とっさに謝ってしまった。
「ナギさんだぁ」
ひよりはようやく俺だと認識したのか、
「ナギさぁん」
と何かを求めるようにベッドに寝たまま、両手を俺の方に伸ばしてきた。
何事かとひよりに近付くと、首元に抱きついてきやがった。
「ちょっ!お前…!」
「わーい、ナギさん掴まえた〜」
不意をつかれた俺は、ひよりに引き寄せられるままにひよりの上に倒れ込んだ。
完全に酔ってるよ、こいつ。
「おら、離せ」
手を付いて起き上がろうとするが、首に絡んだこいつの手が邪魔して起き上がれない。
まずいだろ、この体勢は。
「ナギさぁん、ぎゅう〜ってしてくらさい」
「はぁ?」
「だからぁ、ぎゅう〜って」
ほんとこいつ、酔うと太刀が悪ぃ。
こいつの腕くらい、振り解こうと思えば簡単に外せたが、甘えてくるこいつを一瞬でも可愛いと思ってしまって、俺は言われたとおりぎゅっとしてやった。
「こうか?」
ひよりに覆いかぶさり、背中に腕を回して抱きしめてやる。体重はかけないように気をつけて。
「んー、もっとぎゅうぅぅぅってしてくらさい」
「こうか」
さらに力を込める。
「もっと」
「お前なぁ、潰れるぞ!」
想像以上にか細いひよりに、どれほど力を込めていいかなんて分からなかった。
「じゃあ暫くこのままれいてくらさい」
ひよりも、俺の背中に回した腕に力を込めた。
寂しい…んだろうな。
ある日突然、なんの心構えもなく迷い込んだ男だらけの海賊船。
故郷に帰ることも叶わず、家族にも会えず、この小さな身体で、どれほどの孤独と不安を隠して、今まで明るく振る舞ってきたのか…
「ナギさんあったかぁい…」
なんだか少し安心したようなひよりの声。
俺は無意識にひよりのこみかめにキスをした。
ぽけっと俺を見るひより。
(やべぇ。可愛いかも…)
今度はその額にキスをする。
嫌がらないのを確認して、瞼に。
頬に。
耳たぶに。
首筋に。
次々にキスの雨を降らせる。
されるがままになっているひよりを覗きこむと、暫く潤んだ瞳で俺の目を見ていたが、やがて目を閉じて少し顎を上げた。
俺はそのまま、ひよりの唇に自分の唇を重ねようと…
「ナギ、ひよりちゃんは大丈夫?」
きちんとドアを閉じていなかった部屋の入り口から、酔い潰れたトワを肩に抱えたドクターがひょいと顔を出した。
「…」
「…」
固まる俺。
絶句するドクター。
やがてドクターは
「お邪魔したね」
と冷静に言って、パタンと部屋のドアを閉めてトワの部屋へ行った。
俺はひよりの唇まであと数センチの場所で暫く固まっていたが、ふと腕の中のひよりを見ると、なんとスースーと寝息を立てて寝ていやがった!
「ありえねぇ…」
俺は身を起こしてベッドに腰掛け、激しく自己主張している自分自身を見下ろした。
「どうすんだよ、これ…」
海賊殺し。
まさかそれで酔ったお子様に、この海賊の俺が生殺しにされるなんて思ってもなかった。
明日はハヤテとトワとこいつ、朝飯抜きにしてやろう。いや、ドクターもだな。
そう俺は誓って、厨房へ戻っていった。