恋海long-story
□すべて、愛だったE
1ページ/1ページ
夕刻、ひよりとハヤテとトワの三人は、リトルヤマトの散策を終えて、今晩泊まる宿に向かった。
「旅館だぁ!」
リュウガに教えられた『水蘭』という宿屋を探していたひよりは、『旅館、水蘭』の看板を目にして、その宿屋の優雅な佇まいに歓声を上げた。
「ひより、りょかんって何だよ」
「旅館って言うのはですね、ヤマト式の宿なんですけど、普通の宿と違うのは、お料理が出たり、畳の部屋にお布団をひいて寝るんですよ」
「へえ!飯も宿で食えるのか!」
「はい!ここもそんな旅館だと思います!」
先頭を切って旅館に入ったひよりは、ちょうど旅館から出ようとしていたナギが、玄関で下駄を履こうとしているのが目に入った。
「ナギ」
ひよりは穏やかな口調でナギに声を掛ける。
馴れない下駄をどう履けばいいのか試行錯誤していたナギは、ひよりの声に顔を上げた。
ナギの手に持っていた下駄が、カランと音を立てて玄関の石畳に落ちた。
ピンクの浴衣に身を包み、普段と違うアップにした髪型のひよりを見て、しばしナギは見とれていた。
「えっと…どう…かな?」
モジモジと、ひよりが浴衣の袖を広げてナギに問う。
呆然と見とれていたナギだが、やがて柔らかい笑顔でふっと微笑むと、
「すげー似合ってる」
と言った。
ハヤテとトワは、ニヤニヤと二人のやりとりを見ていた。
「それでは、リトルヤマトへの寄港を祝してカンパーイ!!」
シリウスの面々は、旅館 水蘭の宴会場に宴の席を設けていた。
襖で仕切られた細長く広い宴会場で、リュウガはお誕生日席、他のメンバーはそれぞれ二列に向かい合わせに座っていた。
畳の上に大袈裟なほど大きな座布団を引いて座り、それぞれの前には腰の高さ程しかない小さな御膳に、所狭しと様々な種類のヤマト料理が並んでいる。
「腰が痛ぇー!」
地べたに座って物を食べるということに慣れていないハヤテが、チマチマと綺麗に飾りつけをされた料理と格闘していた。
ひよりはそんなハヤテをふふっと笑いながら、器用に料理を楽しんでいる。
「あ、懐かしい!」
ヤマトの地酒を飲んでいたナギは、隣で歓声を上げたひよりを見る。
「なんだ?」
「あっ、これです。魚の味噌漬け。ヤマトにいる頃によく食べたなぁ」
ヤマトへの思いを馳せるように、懐かしい味わいを堪能しているひよりに、
「…それくらい、今度作ってやる」
とナギはぶっきらぼうに言った。
ひよりはナギを見て微笑む。
もう、二人の間に距離は感じなかった。
和やかな空気が二人を包んだ、次の瞬間、
「ナギ!」
という甲高い声が聞こえて、ひよりは開かれた襖の方を見た。
真っ白のワンピースに身を包んだ一人の少女が、ナギに駆け寄り、抱き着いた。
「雅…」
ナギが、その少女の名を呼んだ。
(みや…び?)
ひよりは、ナギ越しに少女と目が合った。
黒くて長いストレートの髪。
透き通った白い肌に、黒い瞳。
典型的なヤマト美人だ。
しかしひよりとそう歳も違わぬだろうその少女は、ほっそりとしたその身体に似合わぬ豊満な胸と括れた腰のラインから、そこはかとない色気を漂わせていた。
雅と呼ばれたその少女は、ひよりを意味深な瞳で見つめると、すぐに視線をナギに戻した。
「今日着いたの?」
「ああ…」
屈託もなく話し掛けてくる少女に、ナギは少し戸惑っているように見えた。
「雅!久しぶりだな!」
離れた場所から、リュウガが雅に声を掛けた。
「リュウガ船長にはご機嫌麗しく」
雅はすっと優雅に立ち上がり、リュウガに敬意を表した。
「いい女になったなぁ雅!お前はいくつになった?」
「もう二十歳ですわ、船長」
雅は答える。
(私とそう変わらない歳…なんなんだろう、この娘…)
「雅!はしたないぞ!早く用意を済ませろ!」
開け放たれたままの襖の奥から、一人の中年男性が雅に声を掛けた。
「はーい、おやじさま!」
雅はその男性の呼び掛けに素直に対応し、
「ナギ!またあとでね!」
とナギに手を振り、旅館の奥へと駆けていった。
ひよりはナギを見るが、ナギはひよりと目を合わせようとしなかった。
ひよりは嫌な胸騒ぎがしていた。