恋海long-story

□すべて、愛だったB
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ひよりが珍しく上機嫌で酒を飲み、早々と寝てしまった為、いつもは一緒にする宴の後片付けを、ナギは一人こなしていた。

だいたい片付いたところで部屋へ戻ろうとした時、リュウガが入ってきた。

「まだ飲んでたんですか」

リュウガの手にある空になったボトルを見て、酒をねだりにきたのだと悟ったナギは溜息をつく。

「まぁたまには二人で飲もうや」

リュウガとナギは食堂で葡萄酒を開けた。





「どういうつもりですか」

葡萄酒を飲みながら、ナギはリュウガに問う。

「リトルヤマトの件か?」

思い当たることがあるのか、リュウガにはナギの言いたいことが伝わったらしい。

「ヤマトの女の肌が恋しくなったんだよ」

茶化すように、リュウガは両手で女性の身体のラインを描く。

この人に何を言っても無駄か、と思い、ナギは黙って酒を飲んだ。





「ひよりのこと、いい加減はっきりさせてやったらどうだ?」

しばしの沈黙の後、リュウガが口を開いた。

「あいつは最近溜め息ばかりだ」

「…」

「お前だって、ひよりを自分の物にする覚悟は出来てるんだろ?早くひよりを安心させてやれ」

ここ数日のひよりの憂鬱そうな原因は恐らくそんなもんだろうという核心は、リュウガにはあった。

ナギは応えない。



しかし、長い沈黙をナギは自ら破った。



「本当に、それでいいんでしょうか…」

ぽつりと、呟くように。

「俺がやろうとしていることは、あいつから故郷を奪うのと同じです」

「ナギ…」

「俺は、海賊としてしか生きられませんから…」







ひよりと同じように、ナギもここ最近ずっと悩んでいた。


ひよりとの未来を。







光の当たらない世界で、泥に塗れて生きてきた自分。


平凡な家庭に生まれ、明るく素直に育てられてきたひより。


決して交わることのないと思っていた二人の道が一つになった時、ナギは初めて多くの物を手に入れた。

それは、手を伸ばせば、すぐそこにあったもの。

シリウス海賊団の仲間だった。

ひよりに会うまでは、ずっと、この暗い道を、一人で歩いて行くのだと思っていた。

この船に乗っていても、リュウガ以外はどこか信用していない自分がいた。

過去に仲間に裏切られた傷痕は深く、ナギの心は頑なで…

信じなければ裏切られることもない…

人との距離を保つことで、ナギは自身を防御していた。



でも…



ひよりはそんなナギの心に、自然に入りこんできた。

氷のように閉ざしていたナギの心の扉を溶かし、明るい世界へと導いた。

俺には、信じられる仲間がすぐ側にいる。

そう、ひよりに教えられた。



幸せだった。

今まで、感じたこともないほどに。

手を伸ばせばすぐそこに、ひよりがいる。

仲間がいる。

今まで生きてきた人生の中で、これほど穏やかな時間はあっただろうか。



だけど…



幸せに慣れていないナギは、恋人と仲間、両方を手に入れた自分が怖かった。

いつか、罰が下るんじゃないだろうか。

そんな目に見えぬ恐怖を感じるようになった。

海の上でしか生きられない自分とは違い、ひよりには帰るべき故郷がある。

『裏切りのナギ』として多額の懸賞金が賭けられている自分とでは、ひよりは幸せになれないのではないか。



俺はひよりに仲間を与えて貰った。

もうそれだけで充分ではないだろうか。

ひよりを故郷に返さなくていいのだろうか。

そんなことを思い悩むようになっていた。





ひよりを抱いてしまえば、きっともう離れられなくなる。

それが分かっているから、ナギはひよりを抱くのが怖くなった。



幸せに浸っていられた時は、早くひよりを自分のものにしたいと焦っていたのに、一度纏わり付いた不安はどんどんと膨れ上がり、今では軽い口付けを交わすのも躊躇うほどに、ナギの心は揺れていた。





「ひよりをリトルヤマトへ連れて行くのは、怖いか?」

リュウガは一番懸念していることを聞いた。

「…はい」

ナギは正直に答える。

リトルヤマトの話を聞いた時の、ひよりのあの嬉しそうな顔。

リトルヤマトに郷愁を感じ、ひよりはヤマトに帰ると言い出さないだろうか。

それは、ナギが最も望んでいるようで、最も恐れていることだった。

「答えは次の港で出るさ」

そう呟いたリュウガの言葉を聞いて、ナギは確信した。

リュウガは、試そうとしている。

俺と…

ひよりを…

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