ジョジョ(スタプラ・承太郎etc)
□透明に近いブルー
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承太郎には小学生低学年の頃、隣に住む少し年上の少女とよく遊んでいた記憶があった。
もちろん学校では普通に友達と遊んでいた。
家に帰るとその子が遊びに来ていることが多く、遊んでいたというよりは良く話していた、が正しいだろう。
その少女はもともと目が見えないらしく学校にもあまりいってないようだった。
そんな少女に承太郎は恋をしていた。
空色の瞳が光るのはまるでガラス玉のようで、少女の仕草はまるで物語に出てくる麗しき姫のようだった。
そしていつも自分としか遊ばないと聞いた時の優越感はとても心地いいものだった。
なぜ、高校生になってふと思い出したのかはわからない。
ただ、何と無く思い出した。
3年の終業式。
夏期講習などに追われる周りの生徒を見ながら、承太郎は一人特に慌てることなく帰宅するところだった。
行きたいところももう決まっている。
そこへの知識も一通り頭に入っていた。
今日は久々に相撲のビデオでも見るか、と思いつつ家の玄関を開けると、見慣れぬ女性の靴が置いてあった。
承太郎が帰って来たのを察したのだろう。
ホリィが嬉しそうに玄関に来ると、彼の名前を数度呼んだ。
「承太郎!聞いて!ゆうさちゃんが来てるわよ!」
そう言われても承太郎には誰のことかわからなかった。
フーンと興味なさげにホリィを見ると困った顔をして承太郎を見やる。
「もう、覚えてないの?小学生の頃一緒に遊んでたじゃない。視力を取り戻すため、アメリカにいっちゃったんだけど…」
それを聞いてあの少女を思い浮かべた。
ああ、ゆうさって言うのか。
記憶の片隅にそんな名前だったようなと思い出す。
「ほらほら、とりあえず挨拶しなさい」
リビングに引っ張られるように連れて行かれると、女性が一人紅茶を飲もうとしているところだった。
承太郎が入って来ると、それに気づいたのか飲みかけていた紅茶を下ろす。
「ゆうさちゃん、承太郎よー。大きくなっちゃったけどねっ」
トンッと前に押し出され、承太郎はゆうさの前に出た。
女性は椅子から立ち上がると、にっこりと笑って挨拶をする。
「久しぶり、ゆうさよ。もう忘れたかしら。承太郎はすごく背が伸びたのね」
ゆうさはあの頃と同じ空色の瞳でまっすぐ承太郎を見た。
その瞬間、承太郎にあの頃の記憶が鮮明に蘇る。
「久しぶりだな…目は治ったのか」
「うーん、あまり見えないままだわ。でも、ぼやっとなら見えるし、今のままでも全然平気よ」
会えて嬉しいのか、ゆうさはずっと笑顔で承太郎は少し居心地が悪くなった。
しかし、そんな承太郎を察することもなくホリィはちょっと買い物にと言ってでかけてしまった。
残された2人は自然とリビングに向かい合う形で座ることになってしまう。
「承太郎、かっこ良くなったね。彼女できた?」
「いねぇよそんなん」
「口がちょっと悪くなったかな?」
記憶の中の承太郎とは違う承太郎が面白いのか楽しそうに話す。
記憶の中の少女より少し明るいゆうさに承太郎は戸惑っていた。
「お前も変わったな」
「向こうにいれば自然とね」
「今じゃこっちに?」
「いいえ、夏季休暇をこっちでと思って」
帰っちまうのかと思った時、思ったより自分がさみしく感じていることに承太郎は気づいた。
「こっちの間はお世話になることになったの。よろしくね」
「あぁ…」
その言葉で少し嬉しくなる。
そんな承太郎の気持ちの振り子など気づかないゆうさはその日から空条邸で日々を過ごすことになった。
「承太郎ー、入っていいかしら?」
泊りに来て3日目、学校からの最後の宿題をさっさと終わらせようとしていた時だった。
大好きな曲をイヤホンから流しながら進めていた承太郎はサッとイヤホンを外す。
「構わねえぜ」
その言葉とともに戸があき、ゆうさが中に入って来た。
夏らしいワンピースに身を包み、部屋の真ん中で膝をおって座った。
「どうした?」
ぶっきらぼうに言葉を発すると、ゆうさは構わずにっこりと笑顔を返す。
「あとで一緒に買い物に付き合って欲しいのだけれど。手が空いたらでいいの」
なんだそんなことかと承太郎は少し落胆した。
「ちょっと待ってな」
カセットテープを止め、上着を羽織る。
いつもなら学ランをどんなに暑くても着るのだが、この日はタンクトップにシャツだけ羽織ってお気に入りの帽子さえつけはしなかった。
「もういいの?」
「暇だったしな」
部屋のまんなかで座っていたゆうさの手をとる。彼女がその手に合わせるようにゆっくり立ち上がると、承太郎はそのまま手を引いて部屋を出た。
「ふふ、あの頃みたいね」
ゆうさは別段気にしていないのか、幼き頃に遊んでいたことを思い出して笑っただけだった。
承太郎は無表情のまま玄関まで連れて行く。
「あの頃みたいに全く見えないわけじゃないのよ」
「あまり見えないなら見えねぇのと変わらないじゃねえか」
靴をはくとまたゆうさの手を取る。
思い出の中の自分がやっていたことを、今確かめているようでもあった。
「じゃあ、この間だけ頼っちゃおうかな」
「そうしとけ」
ゆうさの買い物は電車に乗り少しばかり歩いたデパートだった。
お世話になるホリィにプレゼントを買うためらしい。
承太郎が呼ばれたのはホリィさんに合うプレゼントを選んでもらうためだ。
「あのアマならなんでも喜ぶ」
「アマとか言わないの。好きな食べ物知ってる?」
ウロウロしながら品物を見て回るゆうさを横目で見る。
楽しそうに笑う彼女は目があまり見えないなんて思わないほど、あちらこちらに目移りしていた。
「本当に見えねえのかよ」
「…嘘は言ってないわよ?」
一瞬でも目を離すと何処かへいってしまいそうになる彼女の手を承太郎はずっと握っている。
犬の散歩だと思いながらも、その表情はとても優しかった。
ホリィへのプレゼントが決まると、選び疲れたのかカフェに入ることになった。
アイスコーヒーを頼み、2人は席に着く。
2人の姿は周りから目立つのか、他の客からお似合いのカップルとして少しざわつかれていた。
「入れてやる」
出されたコーヒーに砂糖とミルクを入れて渡した。
「ありがとう。なんだか私たち目立ってるのかしら」
「気にすんな、言わせとけ」
まんざらでもないのか承太郎は大人しくしていた。
ゆうさはなんだかこうして見ると、年下に見えない落ち着きが垣間見えて、自分の落ち着きのなさを恥ずかしく思った。
「今日の承太郎はなんだか落ち着いてて年上に見えるわ」
「歳とか関係ないだろ」
そう言いつつもすごく喜んでいた。
学ランを着てこなかったも帽子をかぶらないのも、彼女に合う男性の姿を選び抜いた結果だった。
「このあとどっか行くところはあるのか?」
「いいえ、今日はないわね」
「なら海をみに行こうぜ」
「いいわね、いきましょう!」
時間もまだ暮れるには早すぎる。
海と言う場所が良かったのか、彼女はすごくテンションが高くなった。
「私まだ、ちゃんと見たことないの!」
「なら尚更だ」
そこから約一時間程電車に揺られる。
昼頃なためか、客数もちらほらで2人は座席を確保できた。
窓際に座るゆうさは車窓を眺めては眩しそうにその瞳を輝かせている。
承太郎はその間も手を離すことなく、彼女の話すことに適度に相槌をうってみたりしていた。
「あの頃は庭の中でしか遊ばなかったけれど、今はこんなところに行けるのね」
「と言っても高校生の俺じゃ車がねぇから、こんなもんだ」
「十分じゃない。むしろ私が引っ張り回してごめんね」
「俺が海に誘ったんだ」
そんな会話をしてると、目的地の駅に着いた。
降りたら数分で浜辺へまっすぐいける距離だ。
あまり人が来ないのか、人は疎らにしかいなかった。
「ねえ、見て!すごく綺麗!」
「あぁ、そうだな」
はしゃいでいるのかゆうさが手を引いて承太郎を引っ張るように海へとかけて行く。
「気をつけろよ」
「サンダルで良かった。スカートは少し濡れちゃうけど 」
潮の満ち引きが彼女の足を冷たくさらう。
水平線までまっすぐ広がる青い海は彼女にとても似合っていた。
あっ、と言って彼女が承太郎の手を離す。
「蟹がいるわ、小さい」
その蟹をどうにか捕まえようと手で追うが、蟹の潜る速さに勝てない。
出てこないかなーと待っている彼女に承太郎も隣に肩を触れるようにしてしゃがんだ。
「もう出てこないかしら」
「どうだろうな」
数分待っても出てこないのではぁーとため息を出す。
承太郎はスッと立ち上がると、ゆうさに手を差し出した。
「蟹だけ見ててもな」
「そうね」
ありがとうっと言ってその手を取る。
「よくわかったね」
「ゆうさの行動はわかりやすいだけだ」
そう言いながらそっぽを向く承太郎に彼女は笑っていた。
コンクリートの桟橋に乗り、一番奥までいくと2人は何も言わずただ海を見つめていた。
海に映る色は彼女の瞳の色だ。
空は星しか映さず、彼女の瞳もまた輝きしか映さない。
承太郎は彼女に2度目の恋をしていた。
日がくれ始め、辺りが真っ赤に染まる。
海の色が同じように赤く染まると、ゆうさの瞳の中も赤く染まって行く。
「目が赤くなってるな」
「承太郎もじゃない」
承太郎に向かい合うように夕日を背にすればまた空色の瞳に戻る。
その色に安堵しながら承太郎が彼女の頬に触れようとした時だった。
「突然すまない、君もしかして…」
承太郎の後ろから男の声がした。
彼女がハッと何かに気づくと承太郎の手を離してその男性の方へ駆け寄る。
離された手を強く握ると2人の方へゆっくりと振り返った。
「やっぱり!僕の友達が見えるの?!」
「ええ、あなたも?」
2人は初対面のようだったが、とても親しげに見えた。
承太郎は会話の内容さえ理解できない。
見える、見えないなどなんの話をしているのだろうか。
それから15分程会話を続けて、承太郎は一人残されていた。
「ごめんなさい。もう一生会えるか会えないかって人にあったから、つい」
そんなにあの男はすごいやつなのかと去って行く男をみやる。
なんの変哲もない強いて言うならちょっと前髪が変な男だった。
「見えるとか見えないとかなんの話だ」
「承太郎には見えないから、あまり気にしないで」
その顔は笑ってはいたが寂しそうで、自分の理解できないところでそんな顔をされるのがすごく苛立った。
「連絡先交換していたな」
「都内に住んでるらしいわ」
チラッとメモを見る。
名前と電話番号が書かれているようだった。
ゆうさはそのメモをまるで海と同じものを見た時のように瞳を輝かせて見つめていた。
帰り道、行きと同じように承太郎はゆうさの手をつないで帰った。
次に離すともう何処か別のところへ行ってしまうのではないかと思うくらい承太郎は前よりも少し強く繋ぐ。
ゆうさはそのことに対して何も言わず、普段通りなんでもない会話を続けているだけだった。
「ただいまー」
「おかえり!あら、承太郎と出かけていたの」
サッと手を離すと、頭をかきながら先にスタスタと部屋へ入っていった。
ホリィはそれを見逃すはずはなく、承太郎の背を見ながらニコニコと笑っている。
「ホリィさん、これを開けてみて!承太郎と2人で選んだの!」
「まぁ、嬉しいわ!」
プレゼントの中身は空色に光るピアスだった。
決して目立つ大きさではないが、光に反射してすごく綺麗だ。
「ありがとう!後で承太郎にもお礼言わないとね」
「ええ!とても真剣に選んでくれたわ」
それから2人は夕飯の準備をしながら今日のことを楽しそうに話していた。
ホリィは話を聞きながら、承太郎の内面にまだ幼い頃の優しく素直な気持ちがあることを嬉しく思う。
「ゆうさちゃんにだけよー?そんなに素直なのは」
「承太郎はいつも優しいでしょう!」
ふふふっと楽しげに笑う。
ゆうさの中の承太郎はあの頃のままだった。
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