*混沌の実*

□銃口の鼓動
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ああ、やっぱり。

本当に、お前のことが好きだった。














□■銃口の鼓動□■















「…新名」

馬鹿だな。
こんな状況になって泣くくらいなら、最初からしなけりゃいいのに。
ほら、今なら抵抗しないから。
早く、覚悟を決めろ。

「…嵐さん…っ」











***










幼稚で残酷なゲームに放り込まれて、新名は必死に走っていた。
重い荷物を持って、靴はローファーで。
前日は雨だったんだろう、湿った土を蹴って。
それでもこんなに走れるのは、あの柔道部での日々のお陰なのかと頭の隅でぼんやりと思う。
思い出して、視界がぼやけた。
もう、あの日々は戻らないのだと気付いてしまったから。
それでも、会いたい人がいる。
それだけが、新名を支えていた。













「…嵐さん!」










***










夢じゃないかと疑った。
こんなゲームに参加させられたことも、目の前にいる相手も。
この広さで、この人数で。
無事に再会出来たことを、柄にもなく運命だなどと思っていいのだろうか。












「…新名…?」









***










それから、二人で話した。
これまでのこと。
これからのこと。


ここに来るまでのことを話していたら、新名の目からは涙が溢れ出していた。
それまで当たり前のようにあった平和な幸せが、理不尽に壊されたのだから、無理もない。
しかもそれが元に戻らないとなれば尚更だ。



「…死ぬ時って、痛いんだよね」

「…さあな。俺死んだことないし」

「苦しいのは、嫌だよね」

「好きな奴はあんまりいないだろ」



「…一瞬で死ねたら、少しは楽なのかな…」

「…どうだろうな。でも、お前が楽だと思うなら、そうなんかな」












ねぇ、嵐さん。
俺、嵐さんが痛いのも苦しいのも嫌だよ。










***










「新名?」

「嵐さん…ごめんなさい」

馬乗りになった新名の手には、小さな銃。
持ったことのない重みは、手に余るだろう。

「…殺すのか」

不思議と、冷静だった。
新名が何を考えているのか、そんなことは判り切っていたから。
だから、怖くはなかった。

「嵐さんが…っ、…嵐さんが、痛かったり…、…苦しかったり、したら…嫌…だから…っ」

ほら。
新名はこういう奴なんだ。
面倒なことを避けて、上手く生きているようで、結局は自分が一番辛い道を選んでく。
それが、誰かのためになるのなら。

「嵐さん…っ…」

ぽたぽたと、温かな雫が降ってくる。
止まらないそれが、制服に染みを作り、広げていった。

「…新名」

馬鹿だな。
こんな状況になって泣くくらいなら、最初からしなけりゃいいのに。
ほら、今なら抵抗しないから。
早く、覚悟を決めろ。

「…嵐さん…っ」

早く、引き金を引け。
ほんの少し、その指を動かすだけだ。
たったそれだけで、全てが終わるのに。

「…新名…」

額に突き付けられた無機物。
鈍く光る銃口が震えていた。
頼むから失敗しないでくれ。
俺はいい、けど、俺が痛いのや苦しいのは、お前が嫌なんだろう?
まっすぐに見上げて、それから、ゆっくり目を閉じた。

「…先に行って、待ってる」

ずるいと思う。
自覚はある。
可愛い後輩に、恋人に、嫌な役を押し付けている。
それでも、銃口の震えはぴたりと収まって。

「嵐さん…すぐに、行くから。だから、待ってて」

ああ、やっぱり。

本当に、お前のことが好きだった。












俺に判ったのは、ここまでだった。













直後にもう一つ、乾いた音が夜の闇に溶けて、消えた。














□■終□■
→あとがき
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