小話纏め-4
□【まだ見ぬ君へ】
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「う〜ん…」
賑やかな小鳥のさえずりに目を覚ました小春日和、それは始まった。俺のアパートの三階の部屋の窓辺には、ちょうど常緑樹の枝が伸びていて、たいていアラーム時計よりも少し早く天然の目覚ましに起こされる。
──グルッポゥ。
「…ん?」
だけどその日は、聞き慣れない鳴き声が混じっていた。まるで俺を呼ぶように、その声はひっきりなしに窓辺から聞こえてくる。
「何だ?」
俺は鳥たちを驚かさないよう、いつものようにそっと両開きのカーテンを開けた。
──グルッポゥ。
そこには、俺を待ち侘びていたように一羽の白い鳩がいて、不思議に思った俺が窓を開けると、たちまちふわりと舞い上がって窓枠に優雅に止まった。確かに鳩は、俺に用があるのに違いなかった。
「綺麗な羽だね。何処から来たんだい?」
──グルッポゥ。
鳩は応えて、左脚を差し出した。そこには、手紙が結び付けられていた。
「あ!君、伝書鳩か。ちょっと待ってて。今、読むから」
技術の発達した死神界だったけど、時空を超える伝書鳩はまだ現役で活躍していて、特に派遣協会からの業務連絡に使われる事が多かった。でも普通はオーソドックスな鳩が使われる事が殆どだったから、すぐにそれと思いつかなかったんだ。白い鳩を使うだなんて、例えて言えば、レース模様の香り付き封筒に手紙を入れるようなものだった。
差出人は、少なくともウィリアムさんではないだろう。こんなにロマンティックな演出は、彼が『時間と労力の無駄』と、もっとも嫌いそうな事だった。
「あ、待って!」
手紙を外した途端、飛びたってしまうその鳩に、俺は思わず声をかけていた。業務連絡の場合、了解の返事を書く事が多いのに、どうにもいつもと勝手が違う。俺は少し途方に暮れながら、掌の中に残された文を開いた。
『親愛なるアランさんへ』。
手紙はそう始まっていて、少し癖があるけど丁寧に書かれた文字で、いつも俺を見ている事、俺に憧れている事、もし良ければ文通して欲しい事が控え目な文章で綴られていた。文末に名前は書かれていなくて少し戸惑ったけど、その文章には好感が持てて、悪い気はしなかった。
それからだ。この奇妙な文通が始まったのは。毎日白い鳩はやってきて、俺たちは一日置きに返事を返す。互いの趣味や近況など、交わす言葉は他愛もない事ばかりだったけど、共通点が幾つかあって、間違いなく楽しくて俺の生活は一変した。レース編みが趣味だと聞いて、何度目かの文通の後、思い切ってペンを走らせた。
『素敵な趣味ですね。いつか、作品を見せて貰えませんか?』。
万事控え目な彼女にあてた、精一杯のラヴコールだったけど、このまま文通で終わる恋でも良いと思って、駄目元で誘ってみた。返事が返ってくるまでの二十四時間は、ドキドキしっ放しで眠れなかった。
──グルッポゥ。
早朝にその声を聞いて、俺は思わず飛び起きてしまった。今日は、俺が手紙を読み始めても、白い鳩は帰らなかった。夢中で文字を追う。返事は…イエスだ!待ち合わせの場所や日時が記されていて、俺はすぐに了解の返事をしたためて白い鳩にそれを託した。
生まれて初めてのデートに浮き足立って、俺は何を着て行こうか散々迷った挙句、結局いつものスーツに落ち着いた。デートに着て行けるような、お洒落な私服など持っていなかった。どうしよう…嫌われないかな…。動悸を押さえて、俺は煌めき始めた一番星に願いをかける。上手くいきますように…!
レース編みのトートバッグに沢山のレース作品を詰めたエリックさんが現れて、思わず納得して笑ってしまった俺がエリックさんの腕の中で暖められるまで、あと三十秒の夕暮れだった。
End.