小話纏め-4

□【瞳奪われて】
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俺たちは、ニューイヤーを明日に控え、大掃除の真っ最中だった。エリックはもう殆ど俺の部屋で暮していたから、二人で俺のアパートを。普段手をつけない換気扇やベッドの下なんかを、ジーンズにシャツ姿で協力して掃除する。

「わっ…」

「お、こんなトコに」

二人がかりでキングサイズのベッドを移動させると、埃と共に同じようなビニールパッケージが散らかっていた。思わず顔を火照らせ片手の甲で半顔を隠した俺が目線を上げると、思った通りエリックの、期待にキラキラ光る黄緑色の瞳と目が合った。

「だ、駄目なんだからな!大掃除の途中だし!」

するとエリックが、そんな俺の剣幕に反比例して、盛大に噴き出した。

「まだなんも言ってねぇだろ」

エリックがこんな風に破顔するようになったのは、俺と暮らすようになってからだった。それまでは笑っても、目の端とか唇の端、何処か自分を俯瞰で見て揶揄するような笑みだった。だから俺は、台詞とは裏腹にその鮮やかな笑い声に見惚れてしまう。

「だ、だってエリック、顔がやらしいんだもん」

「失敬だな。顔は生まれつきだ」

そう言って、わざと格好つけてコーンロウの横髪を撫で上げる。それが気障に決まっちゃうから、エリックってズルい…。

「じゃあお前は、換気扇の方を頼む。こっちは俺が片付けてといてやるから」

まだ含み笑うエリックの顔に釘付けになっていた俺に背を向けて、さっさとウォークインクローゼットの中の掃除機を取りに行く。『アランは分かりやすい』ってよく言われるから、きっと俺が君に見惚れてる事にも、気が付いてるんだろうけど。悔しいけど、エリックが好きなんだからしょうがない。

「アラン?」

「あっ」

ぼんやりとそんな事を考えて、エリックの動作に瞳を奪われていたら、鼻先で指をパチンと鳴らされた。

「どうした?」

「ど、どうもしない!じゃあ、頼んだぞ!」

照れ隠しに少し尊大に言ってしまって、俺もエリックに背を向けた。上がった忍び笑いには、聞こえなかったフリをして。

キッチンに続くドアを閉めて、シンクのバケツの湯の中に浸かっている換気扇の羽を少し脇にずらし、俺は冷たい水で顔を洗う。きっと、真っ赤になっているだろう顔色を冷ます為に。

だって…昼間っからあんな…。ベッドの下の光景を思い出し、俺は濡れ犬のようにぶるりとひとつかぶりを振って、その考えを頭の中から追い払った。

「…あれ」

背の高いエリックに換気扇を外して貰ったけど、上を見上げると、羽以外にも一年分の油汚れがびっしりとこびり付いていた。でも、今エリックの所へ戻ったら、元の木阿弥だ。俺は迷わず、シンクの縁に足をかけて、そろそろと雑巾を手に腕を伸ばした。

「あっ…!」

けれど事はそう上手くいかず、俺はやっぱり足を滑らせて、床に派手に転がった。その上、シンクの横に置いてあった、エリックが作るニューイヤーケーキの材料を頭から被って。

「ケホケホッ…」

「おい、凄い音したけど大丈夫か?アラ…ン…」

キッチンのドアがすぐに開けられ、もうもうと漂う薄力粉の向こうに、エリックが見えた。俺は咳き込みながら、上身を起こし涙目で見上げる。

「ん、大丈夫…」

喋ると、鼻の頭から白い粉が滴った。掃除してたのに、余計に汚しちゃった…。

「ごめ…エリック。ケホッ…」

「…気にするな。俺が綺麗にしてやる」

だけどその台詞とまたエリックの瞳に点った黄緑の燐光に、俺は少し慌てて立ち上がろうとした。

「おっお風呂は、一人で入るからな!」

「風呂なんか入らなくったって、良いぜ」

そんな俺の両肩をグッと上から押し留めた後、エリックは、正方形のパッケージを人差し指と中指に挟んで顔の真ん前に差し出した。

「一個、未開封のがあった。風呂なんか入らなくても、俺が綺麗に舐め取ってやる」

「んっ…!」

鼻の頭をぺろりと舐められ、俺は思わず首を竦めて目を瞑る。それがエリックを煽ってしまうという事は、口付けられてから気付くのだけど。

「ん、んっ!」

口内を暴れるエリックの舌から逃れようと抗議を上げるが、押し倒されて身動き出来なくなってしまう。俺は必死で抗った。

「だ、駄目!エリック!」

「でももう、こんなになってんぞ?」

「やぁっ…」

言葉通り、そのコンドームのパッケージを見た時から火照っていた身体は、すっかりエリックの口付けで懐柔されていた。

「たまには、お前につけてやるよ。床が汚れねぇで済むからな」

「あ、ゃんっ…」

エリックの舌が、俺の顔中に火を点けていく。

「そう…じ…っ」

「一回だけ、終わったらな。安心しろ、『姫始め』はちゃんとその後するからよ」

性急に俺のシャツのボタンを外しながら、また鮮やかにエリックが笑って、俺はその幸せそうな笑い皺に瞳を奪われた。エリック…悔しいけど、君が好きだよ。愛してる…。

End.

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