小話纏め-4

□【よくある風景〜アランの場合】
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死神派遣協会には、各課ごとの休憩室に冷蔵庫があった。各自が持ってきた弁当、ドリンク、デザートなどを入れておけるようになっている。取り違えがおこらないよう、マジックで名前を書くのがルールになっていた。

時刻は午後三時。俺は小腹が空いて、冷蔵庫におやつのストックはなかったかと、休憩室に来ていた。冷蔵庫を開けて──俺は思わず我が目を疑った。何処でも売り切れでまだ食べられていなかった、有名パティシエ監修のコンビニスイーツ、『3種のミックスベリーと生クリームのパンケーキ』が、冷蔵庫の真ん中で輝いて(俺にはそう見えた)いたからだ。

思わず脊髄反射で掴み、しげしげと眺めてしまう。あれ…?名前書いてない!名前を書いていないものは、誰かから皆へのお土産だったりして、自由に食べて良い事になっている。俺は初めて、神様に感謝の言葉を呟いていた。

午後五時半、エリックが回収から帰ってきたと思ったら、怒鳴りながら休憩室から出てきた。

「おい、俺のパンケーキ食った奴、誰だよ!最後の一個だったのに!!」

その剣幕に、回収課中の視線がエリックに集まる。あ…あれ、エリックのだったんだ。俺は悪びれもせず、デスクから立ち上がってエリックの前に行った。

「俺が食べました。名前書いてなかったから…」

それは事実だ。でもエリックは、納得しなかった。

「あんなレアなもん、土産にする訳ねぇだろ!書き忘れたかどうか、確認したって悪くねぇ」

俺は何も口にせず、ただ黙って俯いた。でも俺、今ひそかにパンケーキブームだし…パンケーキくらいで怒るエリック、大人げない。俺だったら、絶対書き忘れないし。するとエリックが、声を一段高くした。

「俺は怒ってるんだ!こんな時、言う言葉があるだろ!」

俺は一瞬考えて、目線だけを上げて上目遣いで囁いた。

「エリック…愛してるよ」

途端に、エリックの白いおもてが朱に染まる。

「おっ、俺はそんな事言って欲しいんじゃない!パパパンケーキがだな…」

「ごめんなさい。エリックさん」

右往左往しているエリックに、ちょっと眉尻を下げて悲しそうに謝ると、咳払いがひとつ返ってきた。

「ゴホン!あ〜…今度から、ちゃんと確認するように」

「分かりました。本当にごめんなさい。…凄く美味しかった」

「ん?」

最後に付け加えた呟きに疑問符が投げ掛けられるが、俺は胸の前で可愛らしく小刻みに両手を振ってみせた。

「いえ、何でもありません。お詫びに、何かしなくちゃと…」

「あ〜…反省してるのは分かったから、もう良い」

「優しいんですね、エリックさんて」

微笑むと、エリックはもう全てを忘れたように俺の頭にポンポンと掌を置いた。

「ったく…。お前にゃ敵わねぇな」

「え?」

「何でもねぇよ」

「じゃあエリックさん、定時なんで、俺失礼します」

「あ…」

背を向けて離れていく俺のブラウンの髪の感触を惜しむように、エリックは腕を伸ばしたまま吐息を漏らした。でも俺は振り返らずに、さっとデスクを片付けて帰路につく。こんな日はいつだって、後から電話がかかってくるんだ。

『もしもし、アラン?さっきは悪かった。今日、お前んち行っても良いか…?』

ほら、ね。俺はパンケーキの味を思い出しながら、携帯の向こうのエリックに力なく語る。

「ごめん。今日は体調が悪くて…。またあのパンケーキ食べたら、元気になるかも…」

『そ、そうか。じゃ、また探して買ったら、見舞いに持っていってやるよ!』

「ありがとう、エリック。じゃ、ね」

美味しかったよ、エリック。また持ってきて。それまではお預け、だぞ。俺は終話ボタンを押しながら、クスリと会心の笑みを見せていた。

End.

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