トモコレ-2

□【トモコレ日記:46】
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曲は揃った。メンバーもやる気は上々。俺はバイトをクビになったが、そんな事は些細に思える好機だった。

ついに、対バンの日がやってきた。俺たちは、真っ赤なコートのグレルを除き、全員黒スーツにタイで決めて、最終確認を行っていた。

楽屋は別々だったが、『女王の番犬』のセバスチャンは、わざわざ俺たちの楽屋に挨拶にきた。一瞬空気がはりつめたが、それを見事にグレルがぶち壊した。

「まっ。セバスちゃん、イイ男!抱いてっ」

ハートマークを散らして突進したが、誰かを思い起こす華麗さでそれをかわし、壁にぶつかったグレルに、仮面のような笑顔で言った。

「セバスちゃんではなく、セバスチャンです、グレルさん」

そして俺たちにもその笑顔を向けて、

「主人は生憎、人見知りでして。ご挨拶なしで失礼します。では、この茶番劇を皆さんで楽しみましょう」

優雅に一礼してから、出ていった。

「…茶番劇、っスか。言いますね、奴」

セバスチャンを舐め回すように値踏んでいたロナルドが、ルックスの良さを認めたようで、フンと鼻を鳴らした。

「ああ。何考えてるか分かんねぇな」

壁に貼り付いていたグレルが、ようやく剥がれてンフッ、と笑った。

「嗚呼、セバスちゃん!どうして貴方はセバスちゃんなの?」

「見境いがありませんね、グレル・サトクリフ。あちらはライバルだと言う事をお忘れなく」

「あぁんウィル、浮気じゃないのヨ、でもセバスちゃんも素敵なの!」

別の意味で盛り上がっているグレルを余所に、俺とアランは目配せをした。

「アンダーテイカー、来ないな、エリック」

「ああ。どっちが先なのか、聞かされてねぇな」

俺たちは軽くリハーサルをしたが、『女王の番犬』の二人の音は聞いていない。その事が、開演まで三十分と迫ってまだ来ないアンダーテイカーに、不安を覚えさせていた。

「ンフッ。そう言えば、眼鏡でよく分かんなかったけど、アンダーテイカーもイイ男みたいだったワヨネェ」

「サトクリフ先輩、演奏は真面目にやってくださいよ」

流石にロナルドが苦情を入れる。

「任せて頂戴!イイ男がライバルだなんて、最っ高に燃えるシチュじゃナイ?」

そこへ、ドアがノックされる。またセバスチャンだろうか。

「どうぞ」

アランが言うと、派手にバン!と扉が開けられた。

「キャッ」

「おや、紅いキーボードくん、驚かせてしまったかねぇ…」

アンダーテイカーだった。俺は挨拶もそこそこに、気掛かりを尋ねる。

「アンダーテイカー。あの二人と俺たち、どっちが先にやるんだ?」

「ヒッヒ…それも投票だよ」

「投票?」

一斉に皆の頭の上に、疑問符が瞬く。アンダーテイカーは、愉しそうに薄く笑った。

「君たちは早くに入ったから知らないだろうけど、小生が開演一時間前から、ポスターと投票箱を設置してねぇ。どっちを先に聞きたいか、開演五分前まで投票させるのさ」

五分前。その言葉に、全員が呆気にとられた。これはデビューのかかった、言わば本当の意味での『対決バンド』だ。入念に準備を整えたいのに、五分前──いや、開票を考えれば始まる瞬間まで、いつやるか分からないだなんて。

だがこれはアンダーテイカーがジャッジの勝負だ、文句は言えない。ライバルも同じ条件となれば尚更。

「じゃあ、小生ははじめに演奏する組の所に、知らせにくるからねぇ、ヒッヒ…」

長い袖をひらひらさせて、アンダーテイカーは出ていった。

気付けば、もう開演十五分前だ。俺たちはいつでも演奏にのぞめるよう、スタンバイして待っていた。

しかしアンダーテイカーはやって来ず、ステージからはヴァイオリンの旋律が聞こえてきた。まず最初の勝負では、『女王の番犬』に遅れを取った事になる。リズミカルに弦を打ち合わせるような音色に、ボーイソプラノが重なった。

「『貴方の眼差しが私を焦がす、それでも良いの、私だけを見詰めていてずっと──』」

歳に似合わぬ大人びた歌詞を、シエルはよく通る声で伸びやかに歌う。俺たちとは、全く違う世界観だ。

「これはもう、好みだな」

「っスね…」

若干の危機感を持って、俺たちは出番をじりじりと待っていた。

End.

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