トモコレ-2

□【トモコレ日記:42】
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俺とアランは、それぞれメンバーに電話をかけ、アンダーテイカーの話をもちかけた。皆が驚き快諾してくれたが、ウィリアムさんだけは、まだ本人かどうかを疑っているようだった。その真偽を確かめねばならない。

「エリック、まだ店やってるから、今から行こうよ」

アランは興奮覚めやらず、身を乗り出してせがんでくる。滅多に願いを言わないアランの、小さな我が儘。輝く黄緑色の瞳を見ては、俺の降参だった。

「分かった。着替えるから、ちょっと待ってろ」

俺はクローゼットに向かい、作業着を脱ぎ落としてTシャツを探す。その背中を見て、アランが小さく息を飲むのが分かった。

「どうした?」

「…いや、その…ごめんエリック」

振り返ると、その頬が赤らんでいる。

「何がだ?」

顔色を見て何となく察しはついたが、俺は意地悪く空っとぼけた。アランの肌が、みるみる内に耳まで染まった。

「あの…俺も、痕…」

消え入りそうな声で言うのに、俺は少し笑った。昨日アランは、俺の背に爪を立てたのだ。

「ああ、可愛いブラウンの猫に引っ掛かれた。痛くねぇ、気にすんな」

「ごめん…次から気を付ける」

呟きに、背を向けたまま思わずニマリと片頬が上がる。次?鼻血出そうな事言うんじゃねぇ、アラン。無意識に発したであろう台詞に、これ以上言及しては機嫌を損ねかねなかった為、心の内にしまって俺はTシャツとジーンズに着替えた。

アンダーテイカーの店は、わざわざ交通の便の悪い、錆び付いた町外れの商店街の一角にあった。そうでもしなければ、客で溢れかえるからだろう。コアなファンの間では有名だったが、看板も何もなく、申し訳程度に、ショーウィンドウに古いLPレコードが飾ってあった。

車で行ったが、初めてな場所の上カーナビにも載っていないものだから、少し遠回りになってしまった。閉店間際で一人も客の居ない店内に入る。古めかしい内装の奥から、銀髪で長身の男が現れた。

「アンダーテイカー…!」

背後でアランが思わず漏らす。現役時代は眼鏡をかけ、長髪を後ろで縛りスーツに身を包んでいたアンダーテイカーだが、彼はいまや浮き世離れした黒いローブ、顔を隠すような大きな帽子に長い前髪の下で、三日月のように笑った。

「おや…誰かと思えば、早速来てくれたのかい、『デスサイズ』のベースくんとギターくん」

楽しそうに笑うアンダーテイカーに、一瞬躊躇った後、俺は切り出した。

「初めまして、アンダーテイカーさん」

「さんはおよしよ。小生の事を知ってるから来たんだろう?君たちとは、もっとフランクにいきたいねぇ」

「じゃあ…アンダーテイカー。あの留守電は真面目な話か?」

飄々とした物言いに、若干の不安を覚えて問いただす。

「勿論」

「あの、アンダーテイカーさ…」

「さんはおよしってば」

堪らず発したアランの台詞を、アンダーテイカーが遮った。おずおずと、 言葉通りにする。

「…アンダーテイカー。俺たちに、見込みがあるって事ですか?」

「あぁ。初ライヴであれだけ完成されてりゃ、上出来だねぇ」

「具体的な話を聞きたい」

「じゃあ、もう店を閉めるから奥へ行っておいで。紅茶があるから、黒い執事くんに頼むと良いよ」

そう言うと、アンダーテイカーはさっさと店の入り口に向かう。俺とアランは顔を見合わせたが、シャッターを下ろしている後ろ姿にかける言葉を持たず、言われた通りに奥へ続くドアを開けた。

「おや、お客様ですか」

ソファの並ぶ小さな部屋には、アンダーテイカーの言ったように黒づくめの執事然とした男と、まだ幼さの残る少年がいた。

「初めまして。セバスチャン・ミカエリスと申します。こちらは主人のシエル・ファントムハイヴ伯爵。今、紅茶をお入れしますね」

何世紀か時代を間違えたようなゴシック調の服装に気圧されながらも、俺たちもそれぞれ名乗った。愛想の良いセバスチャンとは正反対に、シエルは仏頂面で軽く黙礼しただけだった。

「お座りください」

「ああ…」

薄暗い室内で、沢山並ぶソファに手をつき、その感触が硬い事に不思議を覚える。俺とアランは目を凝らし、その正体にギョッとした。ソファだと思っていたものは全て、棺だった。

トレイに骨型クッキーと、ビーカーに淹れた紅茶を乗せてやってきたセバスチャンが、笑顔で言う。

「嗚呼、このインテリアは彼の趣味です。気にしないでください」

そこへ、アンダーテイカーがローブの裾と銀髪をなびかせて、戻ってきた。

「おや、さっそく仲良くやってるねぇ。自己紹介は済んだかい?」

セバスチャンが、はいと答える。アンダーテイカーが、心底楽しそうに言った。

「デビュー出来るのは、どちらか一組。彼らがヴァイオリンとヴォーカルのユニット、『女王の番犬』だよ、ヒッヒッ…」

衝撃の条件付けに、俺たちは二人──『女王の番犬』をただ見詰めた。

End.

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