小話纏め-3

□【ニョロニョロのたね】
1ページ/1ページ

「『ニョロニョロのたね』が欲しい…」

「ん?」

「あ、いや何でもない」

聞き返しはしたものの、台詞はハッキリと聞き取れていた。アランが何かを欲しがるなんて珍しい事だ。二人揃っての休日、ラフな格好で寛いでいた俺たちだが、アランはパソコンのモニターに釘付けになっていたから、思わず思考が口をついて出たのだろう。

俺は読んでいた新聞から顔を上げて、モニターを覗きに行った。だがアランは、慌ててパソコンの電源を落としてしまう。

「エリック、ホントに何でもないったら」

やや困り顔で俺とモニターの間に入り、視界を遮る。そして、アランも立ち上がって俺の両肩に掌を押し付けると、ぐいと今まで俺が占領していた二人がけのソファに押しやった。

「エリック」

押されて足がもつれ、倒れこむようにしてソファに横になる。アランは上から俺を押さえつけ、額に口付けを落として言った。

「エリック…愛してる」

顔が一気に熱を持つのが分かる。これは俺にとって、最強の呪文だ。色が白いものだから、分かりやすく真っ赤になっているであろう俺の顔を覗き込んで、アランは屈託なく微笑んだ。

「ふふ、エリック可愛い」

精悍な顔つきが笑み崩れる瞬間を見る事が出来るのは、俺一人の特権だ。そのままベッドインしてもおかしくない甘いムードに、ますます顔を赤らめるが、アランは俺の頬を両手で挟んでもう一度だけ額にキスすると、身を起こした。

「ちょっと買い物に行ってくるよ、エリック。すぐ戻るから、一人で行ってくる」

「あ、ああ…」

そう言うとアランは、携帯と財布だけをジーンズのポケットに入れて、部屋を出ていった。

アランは、それで俺の頭から先ほどの疑問符を消し去ってしまったつもりのようだが、俺は忘れていなかった。窓からアランの後姿が遠ざかっていくのを見下ろしてから、パソコンの電源を入れる。履歴を調べると、アランが呟いた『ニョロニョロ』が映し出された。

「何だコレは…」

思わず呟く。植物とも生物とも、その中間とも取れる白いニョロニョロしたものが、群生していた。

確かアランは、『ニョロニョロの種が欲しい』と言ったはずだ。種があるという事は、植物なのだろう。殆ど物欲を持たないアランが欲しがったものだ、ぜひ手に入れてやりたい。そう思って、俺も『買い物に行ってくる』とメモを残して、アランのアパートを後にした。

まずは、花屋に行ってみた。そんなもの聞いた事もない、と花屋の女性店員は首を傾げた。次は野菜市に行って尋ねてみた。何件かの市場の老齢な店主が額を突き合わせて知識を絞ったが、やはり答えは出なかった。困り果てた俺は、大型スーパーのナッツ売り場やペットの餌にする種売り場にも行ってみた。だが何処にも、『ニョロニョロの種』の手がかりはなかった。

ガックリと肩を落として帰路に着いた俺を、アランが玄関先で出迎えた。

「アラン、済まない…」

『ニョロニョロの種』が見付からなかった事を詫びようとした口に、

「エリック、ん」

とドリンクのストローが差し込まれた。

「んっ…」

反射的にストローを銜えて言葉に詰まる俺に、アランがちょっと拗ねたような口調で唇を尖らせる。

「せっかくの休みなのに、こんなに遅くまで何処行ってたんだ、エリック。『ニョロニョロのたね』がすっかり温くなっちゃったぞ」

「?!」

差し出されたドリンクを受け取り、ようやく口の開いた俺は、それに言及した。

「『ニョロニョロの種』…あったのか?!」

「うん。今、エリックが持ってるソレ」

「何?!種じゃないのか?!」

俺の剣幕にちょっとビックリして黄緑色の瞳を見開いたアランは、一瞬後、盛大に吹き出した。

「あはは、エリック。まさか、園芸屋さんとか探したの?」

気恥ずかしく黙ってしまった俺に、アランが表情を正し柔らかくハグしてきた。

「あぁもう。笑ってごめん、エリック。俺を喜ばせたかったんだよな?」

「ああ…」

大切なものを運ぶように、アランがそっと俺を抱き上げる。

「ちょ…アラン、何をする」

「一緒に『ニョロニョロのたね』飲もう」

そう言って、ソファに下ろされる。テーブルには、同じ容器のドリンクが置いてあった。温んだ印に、コースターが汗をかいている。

「エリックはあんまり甘いの苦手だと思って、りんご酢マンゴー味。俺は、ミックスベリーミルク。ほら、ストローがニョロニョロの形で可愛いだろ?」

言われて見ると、確かに太めのストローには、パソコンで見た形のものが付いていた。

「中身が、『たね』なんだ。飲んでみて、エリック」

「ん…」

言われるままに吸うと、ころりとした塊が口の中を満たす。咀嚼すると、もちもちした感触で、ベリーの味がした。

「美味しい?」

「…ん」

噛みながら短く答えると、アランがまた笑った。

「エリック、やっぱり可愛い」

「…可愛くない!」

男らしい言葉とは裏腹に、白いおもては朱をはいてしまう。アランはそんな俺に愛しげに目を細めて、自分もドリンクを一口飲んだ。

「エリック、これ飲み終わったらお風呂入ろう。それから…」

ふふ、とアランが間近に顔を寄せて艶やかに笑む。この笑顔に、俺が弱い事を知っていて。何も言えなくなってしまった俺に、コツリと額を合わせ、アランは視線だけでいっそう色香を漂わせた。

End.

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ