小話纏め-3
□【QUEEN OF WHITE】
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死神派遣協会近くの自然公園。十年に一度ほどの割合で派遣員同士のレクレーションを目的に催される行事、『花見』が行われていた。今宵ばかりは無礼講、と、みな定時の六時に仕事を終わらせてブルーシートの上で寛いでいる。ウィリアム、グレル、エリック、アラン、ロナルドの五人は、一際枝ぶりの美しい樹下にいた。
夕陽に照らし出された桜は、薄紅というよりも白いくらい光って、惜しみなく花弁を散らしている。満開を過ぎ、白い花弁はまさに雪のように舞っていた。
家族連れやカップルも多く来ている中で、グレルがよちよち歩きのブルネットの子供に、手を差し出して悪ふざけをしていた。いや、大真面目なのかもしれないが、普段の素行から、ふざけているようにしか見えなかった。
「おいでおいで、ママヨ」
「およしなさい、グレル・サトクリフ」
子供は、子供なりに怪訝そうな目でグレルを見て、一目散に本物の母親の元へ走っていった。
ブルーシートの面積を一番独占しているのは、エリックだった。スーツの上着で顔を覆い、イビキをかいている。
アランは一口で酔っ払い、泣きながら何事か考えて空(くう)に視線を彷徨わせていた。
「彼女、一人で待ってるの?そんな彼氏やめて、俺と呑まない?」
ロナルドはといえば、飲み物を買いに行っているカップルの片割れに、大っぴらにちょっかいをかけていた。
「およしなさい、ロナルド・ノックス!」
一人生真面目なほどに花を見ていたウィリアムが、たまりかねたように額に青筋を浮かべて宣言する。
「全く…本当に花を愛でようという者は、いないようですね。帰ります!」
立ち上がり、よく手入れされた革靴を履き始めるウィリアムに、グレルとロナルドが追い縋る。
「アァン、ウィル、二人っきりで呑み直しまショ!」
「スピアーズせんぱーい、先輩んち行っても良いですか?」
「お断りです。着いてこないでください!」
「「待って」くださーい!」
* * *
肌寒さを感じ、ふとエリックは目を覚ました。顔の上に乗っていたスーツの上着は、寝相の悪さにブロンドの横にわだかまり、満天の星空が覗く。夜まで眠ってしまっていたらしい。顔を巡らせると、アランの横顔が、大粒の涙を零していた。
「どうした、アラン?!」
それを見て初めて、エリックは慌てて起き上がった。一粒、また一粒と、アランの頬を涙が伝う。だがその手に缶ビールが握られているのを見て、ようやくエリックは安堵した。アランは泣き上戸だ。酔っているのだろう。
彼は、いつの間にか帳の下りた夜の中に、眩しくライティングされている白い桜を見ていた。
「…エリック、知ってる?これ、アンが『白い女王』って名付けた桜なんだぞ」
思いがけず、アランの口から女性の名前が漏れて、エリックはやや不機嫌に言葉尻を捕らえた。
「アン?アンって誰だ?」
その返事に、アランはふふと笑った。
「怒らないでエリック、『赤毛のアン』のアンだよ」
悋気を気取られ、少し気まずげにエリックは呟いた。
「怒ってなんかねぇ。…で、何で泣いてんだ」
笑みを形作っていた大きな黄緑色の瞳が、思い出したように再び悲しみの色に揺れた。
「だって…もうこんなに散っちゃってるんだもん」
ここで初めて、アランはエリックを振り仰いだ。途端、涙も何処へやら、大きく吹き出す。エリックは訝しげに、俯き肩を震わせるアランの顔を覗き込んだ。
「ん?どうした?」
「エリック…雪だるまみたい」
「雪だるま?」
「取ってあげる…じっとして」
アランは丁寧に、エリックの頬や唇、コーンロウの隙間に入り込んだ桜の花弁を取ってやる。
「ああ、桜か…。お前も、髪に着いてるぞ」
項に手をかけ、引き寄せられる。花弁を取ってくれるものだと思って身を任せたが、そのまま口付けられて、アランは薄紅色に頬を染めてパッと離れた。
「エリック…!」
「良いじゃねぇか、暗くて男女の区別なんてつかねぇよ」
「そういう事じゃないだろ…!」
暴れ始めるアランを、エリックは強く腕の中に閉じ込めた。アランの髪にも、花弁が沢山絡んでいる。その花弁にふうっと息を吹きかけると、小さな花吹雪がおき、アランがくすぐったそうに首を竦めるのを、エリックは楽しんだ。
「こうすれば、綺麗な花も綺麗なアランも見える。そう考えれば、散ったって悲しくないだろう?」
顔色を気取られまいと、アランはエリックの腕の中で俯いた。
「もう…気障なんだから」
「だから、下向かねぇで綺麗な顔を見せてくれ…アラン」
「…んっ」
顔を上げた途端、エリックが顎を傾け口付けてくる。抗うが、本気のエリックの力には敵わない。やがて慣らされた身体は素直にエリックの舌に絡め取られ、重なり合った二人のシルエットに、『白い女王』が祝福するように降り注いだ。
End.