その他CP-2
□【Family Ties】
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「エリック・スリングビーさんですか?」
休日のある日、家でゴロゴロしていたら、訪ねてきた若い青年──まだ少年と言っても良いような──が真剣な眼差しで玄関先に立ったのだった。俺は上半身裸だ。その話のトーンに不似合いな気がして上着を着ようかと思ったが、彼は止める間もなく、意を決したように口にしていた。
「俺、アランです。…貴方の息子です」
確かに俺は十代の頃、パーティに集まるマダムたちの玩具にされていた。ガキだったから、快楽に翻弄されてむしろ積極的に相手をしていたくらいだ。今までこんな話がなかったのが、不思議なくらいの苦い思い出だった。
「…そうか。まあ、入れ」
アランは、目鼻立ちの整った白いおもてを僅かに紅潮させて、戸惑ったような表情を見せた。
「あのっ…」
「何だ?」
「信じてくださるんですか?」
「ああ。不特定多数と関係を持った事はあるし、ちょうど歳の頃も合う。入ってくれ」
「は…はい」
アランは追い返されるのを想像していたのだろう。余りにも気安い俺の言葉に、長い睫毛をしばたたいて困惑気味だった。
* * *
「ほらよ」
エアコンのきいた室内で、暖かい紅茶を出してやると、アランは行儀よく礼を言ってからそっと口を付けた。桜色の唇が、見る者を魅了する。母親に似たのだろう。俺にはちっとも似ていなかった。
「…で?何で俺の所へ来る事になったんだ」
そう訊くと、アランは再び頬を引き締めた。
「両親が、亡くなりました。父の日記の最後に、貴方の所へ行けと、住所と共に記してあったんです。俺の家族は、貴方だけなんです、エリックさん」
「そうか…まだ若いのに、苦労したな。親は、何で亡くなったんだ。悪魔にやられたか?」
「いえ。おとぎ話とお思いになるかもしれませんが、『死の棘』という病は本当にあるんです。母は俺を生んだ時すぐに、父は一ヶ月前に『死の棘』で亡くなりました」
「…待て。父親は、俺が本当の親父だって言ってたのか?」
不意に、百年前の記憶が走馬灯のように脳裏をよぎる。
『エリック。私は一人息子だ。家を継ぐ為に妻を迎えなければならない。このままズルズルと関係を持ち続ければ、いつかきっと取り返しのつかない事態になる。別れよう』
胸が物理的に痛かった。好きなのに、やっと見付けた光だと思ったのに、ある日突き付けられた現実。
『最後に一つ、ワガママをきいてくれ。もし私が死んだら、君が子供を引き取って欲しい』
『縁起でもねぇ。死ぬ予定でもあるのか?』
『何が起こるか分からないからな。エリックが子供を育ててくれれば、私たちは家族になれる。これは、二人だけの秘蜜だよ』
内面から滲み出る美しさを哀しみの形に歪めて、彼は絞り出すように囁いた。歳は二百も離れていたが、華奢で小柄な彼は、これまでの人生で唯一、『恋人』と呼べる蜜月を過ごしたヒトだった。今思えば、永遠の筈の死神が亡き後を心配するなんて、恐らくもう『死の棘』を患っていたのだろう。俺は、懐かしいそのヒトの名前を呼んだ。
「アラン。アラン…ハンフリーズ?」