その他CP-2
□【Vieler glücklicher Umsatz des Tages】
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朝食のパンを焼き上げる。付け合わせのほうれん草をポタージュにする。アーリーモーニングティーのカップを温め、主人の起床に合わせてちょうどよい蒸らし加減になるよう、茶葉に湯を注ぐ。変わりばえのしない、いつもの朝。
上質なビロードのカーテンを開けると、シャッという小気味の良い音を立てて、東向きの窓から冬の澄んだ朝陽が差し込んだ。
「坊ちゃん。朝でございますよ」
「…んー…」
普段の尊大な態度からは想像も出来ないような、か細く弱々しい呻きを漏らし、シエルは寝返りをうって窓に背を向け、ささやかに抵抗を示した。意外にも朝に弱いシエルは、毎朝そうやってセバスチャンを困らせるのだ。
いや、もしかしたらセバスチャンは楽しんでいるのかもしれない。彼しか見た事のない、歳相応の触れれば折れてしまいそうな、しなやかな肢体を──。
「坊ちゃん。あと一分四十五秒後に起きて頂かないと、モーニングティーが飲み頃を過ぎてしまいます」
ポケットからシルバーの懐中時計を取り出して秒針を見ながら、セバスチャンはテキパキと焼きたてのパンに、バターとマーマイトを塗りつけた。
「あと一時間…」
「普通、五分という所ですよ。何処まで規格外なんですか、坊ちゃん。…さあ」
布団を剥がれて、幾ら暖炉に火が入っているとはいえ、真冬の冷気にシエルは己の身体をきゅっと抱き締めた。
「寒むっ…」
「お召しかえをすれば、すぐに暖かくなります。先日ホプキンスさんに新調して頂いた、リアルファーをあしらったドレスアップスーツをご用意しております。さあ、坊ちゃん」
「…っ、触るなっ!」
肩に触れたセバスチャンの白い手袋に包まれた冷たい掌を、シエルは反射的に叩き払った。
「おやおや。せっかくのパーティ日和なのに、ベッドから出なくてどうします?」
「お前の…せいだろうが…!」
シエルは一気に目が覚めたようで、身を起こしてパジャマがわりのシャツを脱ぎ落とした。またテキパキとセバスチャンは、襟元を暖かなリアルファーが包み込む、真新しいドレスアップスーツをシエルに着せてゆく。ブーツも履かせ終えた所で再び懐中時計をチラリと開いて、
「おはようございます、坊ちゃん。ちょうど一分と四十五秒でございます」
と笑顔を見せた。