小話纏め-2
□【レインマン-2】
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梅雨の季節はもう間もなく明ける筈だったが、名残にまだ少し天候は曇りがちだ。今日は雨の予報ではなかったが、先程からアランの白磁のような額に、ポツポツと小さな雨粒が当たり始めていた。
二件の回収を、手分けして終えようと言ったのは、アランだった。アランに関して心配性のエリックは渋ったが、どちらも簡単なケース、大丈夫だと押し切っての仕事だった。
だが間の悪い事に、霧雨が降り始めて、アランは待ち合わせ場所の葉桜の下で濡れながらエリックを待っていた。生い茂った葉に遮られ、それほど濡れずに済んだが、時折たまった雨粒がポタリ、とアランの肩に落ちる。
入り組んだスラム街での回収の為、迎えに行ってはすれ違う可能性が高い。アランは大きな黄緑色の瞳を細め、天を見上げて細く息をついた。
「大丈夫かな、エリック…」
先に派遣協会に帰っていても良いのだが、二人きりで過ごせる時間が惜しくて、アランはその大樹の下を動かない。それに今日は二人とも期限の報告書がない事から、直帰してデートでも良いかな、などと話していた折だった。
と、突然雨足が強くなり始める。少し時期は早かったが、夏の夕立にも似た唐突さで、葉桜の下にあった乾いた路面も、みるみる内に灰色に塗り潰されていった。横殴りの雨で、そこももはや雨宿りの意味をなさなくなる。
「…アラン!」
その時、目の前の角を曲がって広場にエリックがやってきた。その声が聞き取りにくいほどの雨に濡れ、小走りにアランへ歩み寄ったかと思うと、その勢いのまま抱き締める。
「エリック…!」
人通りなどないスラム街の一角の広場だったから、その必要はないのだが、人目をはばかってアランが小さく抗議の声を上げる。しかしエリックは耳を貸さず、ますます腕に力を込めながら、愛しげにアランの髪を撫でた。
「悪かった、もうちょっと早けりゃ、濡れずに済んだのに」
「…仕方ないよ」
その言葉に、アランはやはり照れながらも、きゅっとエリックを抱き締め返した。
「帰ろう、エリック」
「ああ、濡れ鼠じゃデートも行けないな」
* * *
死神界では晴れていたが、二人はすでにずぶ濡れだった。エリックが、流れ落ちる前髪をうるさそうにかき上げ、オールバックにする。付き合ってまだ二年目、初めて見るその乱れ髪に、アランは男の色気を感じて密かに心拍を上げていた。
「ん?」
並んで歩きながら凝視してしまっていると、エリックが聞いてくる。アランは慌てて、
「な、何でもない」
と俯くが、素直なアランの表情を読み解くのは、エリックにとって簡単な事だった。
「男前だろ」
「ちが…」
「何だ、アランは俺が男前だと思ってないのか」
「え…いや思ってるけど…」
他愛もない会話だが、アランが頬を桜色に染めるには充分だった。照れるアランをしきりに言葉で追い詰め、くつくつと人の悪い笑みをエリックが見せる内、二人はアランのアパートに着いていた。
二人分の靴を脱いで傾けると、玄関に小さな水溜まりが出来る。部屋を濡らさない為には、そこで服を脱いでしまうしかなかった。下着一枚になると、不意に浮遊感がアランを襲い、彼は小さな悲鳴を上げて手近なものに取りすがった。
「デート出来なかったからな。せめて、一緒に風呂入ろうぜ」
そう言ったエリックは、アランをしっかりと横抱きにしていた。驚いたアランが両腕で掴んだのはエリックの頭で、二人の顔の距離は極近かった。
「離すなよ。落ちちまう」
アランの行動を見越してエリックが言うと、
「エ、エリック…下ろして」
蚊の鳴くような声で返事があった。付き合って二年、まだ一度も一緒に風呂に入った事はない。アランがシャイな所為だったが、エリックはもう決めていた。バスルームに直行すると、暖かいシャワーをその体制のままアランにかける。アランから跳ねる湯で、エリックも温まった。
「あったかいな」
「うん…下ろして」
再度のオーダーに、エリックが笑う。アランは、湯の温度以上に、身体中を紅色に染め上げていた。
「一緒に入るから…」
初めて許しの出た嬉しさに、エリックはアランをバスタブに下ろしながら、柔らかく口付けた。
「俺が洗ってやるよ」
End.