小話纏め-4

□【プロポーズ】
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 今日、俺は朝から機嫌が良かった。何故かって? 今日が六月五日だからだ。何の日かって? 休日? 誕生日? 何かの記念日? 答えはノーだ。

 俺はソワソワして、エリックが遅刻ギリギリでやってくる筈のタイムカード機の横で待っていた。いつものように、エリックが滑り込むようにして出社してくる。

「……遅刻か?」

 悪びれもせず問いかけてくるエリックの言葉に、俺は呆れながら返した。

「ギリギリセーフです。エリックさん、二度寝しなければもっと余裕が持てますよ」

「間に合えば良いだろ」

 俺はいつものように小言を言うが、自然と語気は柔くなる。エリックはタイムカードを押すと、スラックスのポケットに両手を突っ込んで、先に立って歩き出した。行き先は回収課。俺は後ろを着いて歩きながら、一体その瞬間はいつだろうと想像して頬が緩むのを堪えられなかった。

 滞りなく朝礼を終え、エリックは回収に出かける。俺は回収課に残って、事務仕事だった。見送る俺に、エリックは小声で囁く。

「アラン。今日、バーに行かねぇか? たまには外で呑もうぜ」

「うん。良いぞ、エリック。……奢りなら」

 上目遣いで付け加えると、エリックは僅かに苦笑した。

「呑みに行く時は、いつも奢りじゃねぇか」

「ああ。主に呑むのは君だからな」

 そう秘密の会話を交わして、束の間の別れだった。エリック……今日呑みに行くなんて、やっぱり何か用意してるな。俺はふふと微笑みながら、デスクに戻って報告書を仕上げていった。

*    *    *

 そして俺たちは仕事を終えて、たまに立ち寄るバーに来ていた。俺たちが付き合ってる事は秘密だから、派遣協会からは少し離れた、落ち着いた雰囲気のバー。

 エリックが俺の為に頼んでくれたのは、エンジェルズキッスというリキュールベースのカクテルだった。暗い色の液体に白い泡が弾けて乗っている。カクテル言葉は確か……『貴方に見惚れて』。こういう事にマメなエリックは、勿論知っているのだろう。

「乾杯」

「何に?」

「今日という日に」

 やっぱりエリック、今日が何の日か知ってるんだな。でも俺は知らない振りをして、エリックのサプライズに乗る事にした。普段あまり呑まないけど、けして酒に弱い訳ではない俺は、そのカクテルを一息に干す。

「あっ……アラン」

 何故か慌てたようなエリックの制止がチラリと聞こえたけれど、俺は機嫌良くエンジェルズキッスを飲み干した。
 
「……ん?」

 喉ごしが少し変だった気がする。沈んでたサクランボ、呑んじゃったかな。そう思って喉をひとつ摩ると、エリックが真っ青な顔をして狼狽えた。

「アランお前……大丈夫か?!」

「え? 大丈夫だよ。サクランボ呑んじゃったみたい」

「いや、それはサクランボじゃねぇ……」

「……何?」

 嫌な予感がして、お腹を押さえる。先ほどまで微笑んでいたエリックは、可哀想になるほどオロオロと俺のグラスの底を確かめていた。

「呑んじまった……」

「だから、何?」

「指輪……プロポーズの日だから、お前にサプライズしようと思って……」

「えっ」

 俺も青くなった。そして一瞬後、その気障すぎる演出に、怒りを爆発させた。

「エリック!俺が一杯目はすぐ呑んじゃうって知ってるだろ!何で最後の一杯にしないんだよ!」

 その剣幕に、エリックが情けない声を出す。

「す、すまねぇ。まさか指輪を呑み込んじまうなんて、思わなくて……」

「どうするんだよ!」

「取り敢えず、病院に行こう」

 ロマンチックな筈のプロポーズの日は、一転、命の危機を感じる日になった。

「エリック……大っ嫌い!」

「ア、 アラン……!」

 俺はエリックと共に病院に行った。レントゲン検査の結果、指輪は何処にも引っかかる事なく胃に落ちていて、シンプルなデザインである事から、腸にも引っかかる事はないと判断された。

 トイレから出る度、エリックはどうだったかと聞いたけど、出てきたものを受け取る気はサラサラなかった。

「君は、プロポーズに、俺の腸を通過したものをプレゼントするつもり?」

「ああ……サラリー三ヶ月分が……!」

 エリックは往生際悪く、いつまでも頭を抱えていた。知―らないっ。俺はエリックに背を向け、ペロリと舌を出してはエリックの不手際を責めていた。

 また来年、頑張ってくれよな。エリック!

End.

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