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□酸
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酸素。oxygen。元素記号O。原子番号8。空気中に容量として約5分の1含まれる。地球で最も多量に存在する元素である。
「ユウジせんぱい」
後輩らしく少しばかり媚びたような声を出して、あの人の猫背ぎみの背中に声をかけた。
先輩はむすりとした様子でこちらを振り向いた。ぴこぴこと跳ねた髪の毛をうっとおしそうに弾いて、なんやねんと言った。
(ぶすな顔)
「今日、うちに来てくれはるんでしょう。」
俺がそう言うとユウジ先輩は眉を寄せ、ますますぶすな顔でわざとらしいため息をついた。
…まんざら嫌でもないくせに。
「…今日小春に勉強教えてもらうから遅いで、俺。」
「かまいません。遅いんなら泊まってくれてもええですし。」
そおいう問題ちゃうし、と呟く先輩のバンダナを、目が隠れる位置にずり下げてから、ほな待ってますわと言った。
先輩は小さく舌打ちしたあとに先寝てろや、と言ってから俺を睨んだ。多分。
先輩が来るまで、基本的に俺は音楽を聴く。
どかどかと頭に響くドラムの音と、しきりに愛してるだとかキスしたいだとか陳腐な言葉を叫ぶ声を、ただ、ただ、聴く。
そして思ったりする。
キスしたいことが愛なら、セックスしたいことが愛なら、結婚したいことが愛なら、俺は多分ユウジ先輩を愛してないわ、とか。
考えただけで吐き気がしそうだった。
―あの人は、俺とそういうことをしたいのだろうか。
そう思ったら急に心臓を掻きむしりたいような嫌悪感が全身を駆け抜けた。
やめた、考えない。
扇風機がごうごうと鳴るのがうるさくて扇風機を止めた。
曲のリズムにのせて口笛を吹いてみたけれど、ひょろひょろと弱々しい音しかでなかった。
じわじわと吹き出る嫌なタイプの汗が、俺のシャツに吸い込まれていくようだ。
ぴんぽんぴんぽん、と何度もインターフォンが鳴る。
せんぱいだ。
部屋に入ったら扇風機がかかってないから、多分大声で暑いわっていうんやろな。
ドアをきちんと閉めて、俺は階段を一段ずつ踏みしめるように下りた。
酸素に触れれば嘘になる
*
好きです、財ユウ。
財←ユウではないです。