book1


□雪の戟
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「何かしら、これ・・・・」


主の部屋を掃除していたつららは、彼の机の引き出しから何かはみ出しているのに気づく。

何やらチラシのようだ。


「もう、いらない物は捨ててくださいと言ってるのに・・」


はみ出した紙切れをすっと抜き取る。

そして捨てる前に何の気なしにそのチラシに目を落とす。


「えっ・・・!?」



つららはその内容に目をぱちくりさせる。

どうせつまらない宣伝のチラシだろうと思い込んでいたつらら。

しかしそれは

つまらないとか、そういう話ではない。


つららは反射的にそれを伏せ、息を飲んで周りを見回してしまった。


なぜ・・・

なぜこんなものがリクオ様のお部屋に?

もう一度誰もいないのを確認すると、つららは恐る恐るそれを広げる。






SMクラブ『妖女』― 私達の畏れに跪きなさい





そう大きな文字で綴られており、バックには如何にもな感じの女が鞭を振り上げ、男を踏みつけている。


「・・・・っ」


つららとて、そこそこに人生経験はある。

そういう店が存在することも知ってはいる。

驚いたのは店の風体ではない。


この淫猥なチラシが出てきた場所。

それが問題なのだ。


「リクオ様・・・もしかして、こういうご趣味が・・」


これが出てきたのは彼の机の引き出し。

それが意味するのは―



つららはふるふると身を震わせた。

彼が生まれた頃より、ずっと自分は彼を傍で見守ってきた。

彼に関して知らぬことなど何もない―



そう思っていた。


しかし、現実は違ったのだ。

自分の知らぬところで、知らぬ時に。

彼にこういった、ご趣向が芽生えていただなんて。

これを見るまで、一生気がつくことはなかったであろう。



しかし、そんな彼ももう二十歳。

別に犯罪を犯しているわけでもなく、悪いことをしているわけでもないのだ。

それ故につららに何の文句が言えようか。


彼の趣向を知れたことに喜ぶことはあっても、蔑むことなんて―

つららはきゅっと唇をかみ締めた。


敬愛して止まない彼。

その彼が、そういった戯れを好むのなら―


つららはその紙切れをそっと元あった場所に戻すと、部屋を後にした。








「なぁ・・・つらら?」


夕飯時、ちらちらとこちらを見てくる彼女に我慢できなくなり問う。


「は、はいっ!」


大袈裟なくらいびくりと身を震わせて返事をする彼女。


「お前、さっきからそわそわして・・どうした?」

「え?いやっ・・何もありませんよ?」


グルグルとその黄金色の瞳を回し、どう見ても平常ではない彼女。


「お、おいっ・・・」

「ご馳走様でしたっ!」


そう言うと、彼女は膳を持ってそそくさと台所へ引き上げていく。


「・・・?」


残されたリクオはただ首を傾げるしかなかった。


「あ、若」

「なんだ黒」

「この前さしあげたチラシの店・・・どうですか」

「はぁ・・・ったく、いかねぇよ。俺にそんな趣味があると思ってたのかおめぇは」

「ぬぅ・・・拙僧一人ではいささか心細くて」

「んなら青でも連れて行け!生憎俺はそんな腑抜けた男じゃないんでな」


言い捨てると、リクオは立ち上がる。


「ご馳走さん」


それだけ言って羽織を翻した。




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