book1


□お戯れ
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「あら・・・あれは・・・」


夜明け時―

わずかに白んできた空を背景に佇む桜の木。

その上に見慣れたシルエットを見つけて、私ははっとした。


「リクオ様?」

「ん・・おう、つららか」


驚く様子もなくこちらを振り返った彼。

そしていつもどおりの調子で答える。


「どうされたのですか?こんなお時間に」

「別に・・・こんな時間にここにいちゃぁ悪いのかい?」

「いえっ、そういうわけでは・・」


そう言うと彼はまた顔を背けてしまった。


「そんなところで、風邪を引きますよ」

「平気だ」

「もう・・・っ」


暦の上ではもう春とはいえまだ・・・3月ですよ?

そんな朝方は雪女である私にとって心地よいほど冷え込むというのに。


頑としてそこを動こうとしない彼。


私は、こんなにも貴方のことを心配しているのに。

いつだって、私の言うことなんてぬらりくらりとかわされてしまう。



「ダメですっ!さ、冷えますから中へ入ってください」

「いいって」

「よくないです!」

「・・・」


すれば、彼はめんどくさそうな顔でこちらを見下ろす。


「おめぇ、仕事あんだろ・・・早くいきな」

「いいえ。私の一番優先するべき仕事はリクオ様のお世話です!」

「あー・・もう少ししたら入るから」

「今すぐ入ってください!」

「・・・はぁ」


彼は頭をだるそうにかきながら、目を細めてこちらを睨む。


そんな目で、見ないでください。

私は貴方のために言っているのです。



ぬらりと木から降り立った彼はなおも私を睨んでいる。

そんな顔されたら、悲しくなるじゃないですか。


「おめぇ・・・俺の世話が最優先って言ってたよな?」


こういう風に言う時は、お得意の屁理屈をこねる気だって

私はちゃんとお見通しです。

いつから貴方と一緒にいると思っているんですか?



「じゃあ、朝酒を・・」

「いけませんっ!」

「なんだよ・・・酌付き合うのも、世話だろうが」


そうやって貴方はいつも私を困らせる。

でも、分かってるんですよ私。


そうやって私を困らせて、それを楽しんでいるんでしょう?

ほら、その証拠に口元が笑ってる―



「からかわないでください、若」


でも私は、分かっていながら貴方の思う壺にはまる。

その無邪気な笑みが大好きだから。


「寝れねぇんだよ・・・」


今度は甘えたような目で見てくる貴方。

分かってます、何を求めているのかも。


「もうっ・・・仕方ないですね。ではお部屋に入ってください」



そうして背中を押すと、彼はまた笑っている。

思い通りになった、って喜んでいるんですか?


いいえ、貴方の胸中は全部分かっているんですよ。

何も知らないって、思ってるんですか?



寄り添うように寝転がると、貴方は嬉しそうな顔をした。


そして子供のようにくっついてくる。

頬につけられた貴方の唇は、私を溶かしそうなほどに

熱い―




リクオ様

貴方はもう子供ではないんです。


それでもそれを望むのなら、

きちんと責任、とってくださいね。



私の胸の奥を

溶かした責任を。



 

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