book1


□闇の化生
1ページ/2ページ

 



大きく切り裂かれた胸からとめどなく流れ出す鮮血。


その鮮血のように紅い彼の瞳は儚く揺れる―


「くっ・・・俺のことは放っておけ、つらら・・」

「そんなこと・・・できません・・・っ!」


徐々に自分の体温に近づいていく主の身体を抱き、懸命に叫ぶ。

周囲ではまだ剣を弾く音、断末魔の声が木霊していた。



先刻、突如本家は奇襲を受けた。

総大将である彼は不意打ちの手にかかり―


「酒に呑まれていたとはいえ・・俺としたことが・・・不覚だったっ・・うぐっ!」


再び噴出す血潮。

顔色は蒼白で、もう誰が見ても

その時は近い―


そして、静かにその瞳の紅は閉じられていく。


「リクオ様!リクオ様!どうか・・・目を開けてください!」

「つら・・ら・・聞け」

「リクオ様・・?」

「俺はもうだめだ。それくらい・・・俺にも分かる」

「っ・・・・」


つららだって薄々・・いや、十分すぎるほどにそれは分かっていた。

しかし、その何よりも辛い現実をどうしても受け入れたくなかった。


もうほとんど自分と身体の温度に差は無い。

その不吉な親近感に、つららは涙を零した。


「泣くんじゃねぇつらら・・・」


彼は震える手を動かし、つららの頬を拭った。


「リクオ様っ・・・ぅっ」

「いいか・・・よく聞けつらら・・」

「・・・っ」



つららはぐっと唇をかみ締め、消え入りそうな微かな声に必死に耳を傾けた。



「俺はっ・・再びこの世へ戻ってくる・・」

「えっ・・・」


リクオは残った力で彼女の手を握る。

今まで冷たくて仕方なかった彼女のその手が、暖かく感じた。



「だから、つらら・・。俺を探し出してくれ・・・必ず、ここへまた・・・うっ!」


そして最後の飛沫が噴き出し―



「・・・リクオ様?リク・・・オ様・・・?」


先程まで震えていた彼の身体が微塵も動かなくなる。

紅い瞳を完全に覆い隠してしまった瞼に、氷の雫が落ちた。


「リクオ様ぁぁぁぁぁ!!」



暫く鳴り響いた戦の音も、間もなく鳴り止んだ。

不意打ちにかかってしまったというだけで、敵戦力は口ほどにも無かった。


しかし―

失ってしまったものはあまりにも大きかった。


戦の音から―

嗚咽、咽びの声に変わっていく。












「つららちゃん、お線香あげてきてくれる?」

「・・・はい」



かつて敬愛してやまなかった彼の部屋へ入る。

部屋はあの時から何一つ変わっていない。

何一つ、手を加えていない。

いや―

一つだけ変わっている。



つららは仏壇の前へ静かに腰を下ろした。


「リクオ様っ・・・」


もうあれから12年もの時が過ぎたというのに、未だにここへ来ると涙が止まらない。

最後に見た彼の顔―

あの儚げな表情が、今も目に焼きついて離れない。


そして、最後に彼が残して逝った言葉。


「リクオ様・・・いつ、戻ってきてくださるのですか?」


あれから、つららは悲しさを紛らわすためにがむしゃらに彼を探し回った。

彼の言葉を信じて―


しかしそんな苦労もむなしく、彼は―

あれ以来、姿を見せることは無かった。


線香を立てると、つららはまた咽び始める。


「うっ・・・ううっ、リクオ様の・・・嘘つき・・」


とめどなく溢れる涙が地面に染みをつくった。




「つららちゃーん!悪いんだけど、ちょっと足りない物ができちゃって・・・買出しお願いできるかしら?」


廊下の方から忙しない様子の若菜の声が響いた。

つららは顔中にぐしゃぐしゃになった涙を拭う。

少し乱れた着物を正し、すっと立ち上がった。


これも毎日の儀式だった。


「はーい!今いきます!」


今まで泣いていたとは思えないような元気な声で返事を返す。









「さて、これで全部かしら・・・」


メモを見直し、用事が済んだつららは屋敷へ足を向けた。



林の脇道にさしかかった時、妙な気配に目を細める。


「・・・何、かしら・・・」


何かの気配。

渦巻くように黒く、禍々しい。

これはまるで・・・


「・・・妖怪?」


すると、前方に人の影を見つける。

しかし、それはどう見ても人間・・・それも中学生くらいの子供。


よく見ると、彼は道のど真ん中で何かに目を奪われているようだった。


つららは警戒しつつ、そちらへ近づく。

近づくにつれ見えてきた彼の表情に違和感を強めた。


「・・・?」


彼のその表情は怯えきっている。

何か―

この世の物ではない何かを見たような

そんな表情―



ようやく視界のひらけた場所に出て、何気なく彼の視線の先を見る。


「・・・っ!?」






咄嗟だった。

自分でも無意識のうちに―

反射的に彼の前へ立ちはだかり、氷の障壁を作り出す。


キィィィィィン―



こちらへとんできた”何か ”は音を立てて弾き飛ばされる。


「やめなさい!」



その先にいたのは―

この少年の表情どおり、”この世の物ではないもの”だった。


肉のない容姿

手に握った錆付いた刀

全身に刺さった矢

ぞっとさせるような黒い眼光―



「―落ち武者?」


奴は、答えることなくさらなる斬撃を飛ばしてくる。

覆った氷が砕け散った。


「くっ―、あなた!危ないから下がってなさい!」


つららは必死で叫んだ。


「え・・・う・・・」


固まったまま動かない彼。

完全に畏れに呑まれている―



つららは彼を茂みの方へ弾き飛ばした。


「―うっ!」


代わりに全身へ攻撃を受けて呻く。


「このっ・・・!」


何故だろう。

普通の人間だったらここまで身を挺して守ろうなんて 思わない。


何故だろう。

こんなに守りたい。

何故だろう。

懐かしい―、感じがする。


つららは自分でも分からないまま戦った。

何故だか、命を賭しても彼を守りたい衝動に駆られた―











呆然と、ただ目の前の光景を眺めることしかできない僕。

突然降りかかった攻撃の手から、僕を守ってくれた見知らぬ女の子。


彼女の繰り出すソレも、とてもこの世の物とは思えないけれど。

何故だかこれっぽっちも、怖くない。


それどころか、どこか懐かしい感じがする。


初めて会うはずの彼女に、何故こんな気持ちを抱くのか。

分からない。


でも、以前どこかで―




周囲は徐々に闇が侵食し、夜の始まりを告げていた。


ドクン―

熱い・・・

体の奥が、焼けるように熱い。


熱い

熱い


何?この焼け付く熱さ

何?この全身の血が暴れる感覚



・・・何だ?この


底から溢れてくるような”力 ”

オモイダシタ オレハ・・・
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ