book1


□動的平衡
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雪解けの季節―


雪達は庭先に転々と塊を残し、地面に染みてゆく。

そんな光景を見て、彼は不思議そうな顔をしていた。



「ねぇ、ゆきおんな」

「はい?何でしょう若」


つららは編み物の手を止めて、齢4つになる主の方へ顔を向けた。


「雪はどこへ行くの?」


子供特有の素朴な疑問。

彼の視線の先には不完全に溶けた雪。

その様子から、゛溶けた雪がその後どうなるのか ゛を聞いているようだ。


「えーっとですね…」


まだ4つの彼にどう話せばうまく伝わるか暫く考えた後、


「流れ流れて、海に帰ります」

「ふーん。それじゃあ海は溢れないの?」


その素早い切り返しに怯むつらら。

彼からすれば、ただ疑問に思ったことを聞いているだけなのだが。


「えーと…海に帰った後、空へ上がっていくんですよ」


つららは幼子に分かりやすいように何かを伝えるのが、こんなに難しいことだとは思いもしなかった。


「じゃあ空には雪がいっぱい浮かんでるんだね!」


そう言って彼はその雲一つない青空を仰いだ。


「そして、それが冬になるとここへ帰ってくるんです」


雪が雪のまま海へ帰り、雪のまま空へ登るわけではないが。

この際そういうことにしておく。


また何か鋭い切り返しをしてくるのではないかと構えれば、ふんふんと頷いている。

やっと納得してくれたようで安堵する。


「ねぇゆきおんな」

「はい、なんでしょう若」


先程と同じやり取りを再び繰り返す。

子供の相手をするというのは、こういうことの連続だった。


「ゆきおんなって、雪なんだよね?」

「え・・・はい、そう思ってもらって大丈夫ですが・・」

「じゃあ、ゆきおんなも海へ帰って空に登って、降って来るの?」


なんと返して良いのか、言葉に詰まる。

彼はそんな奇怪な行動を私が毎年繰り返していると、本気で思っているのだろうか―


「あの、若?私はいつも若のお傍にいるではないですか」

「うん。だからどうしてか気になったんだ」


その顔は決してからかったものではない。

本当に真剣に考えているのだということが伺える。


ここで、自分が適当なことを言って終わらせていいものか―

つららが返答に窮していると、彼は痺れを切らしてずいと詰め寄ってきた。


「ねえ、聞いてる?ゆきおんな」

「え、はい!ちょ、ちょっと待ってくださいね!」

「つららにも分からないの〜?」


とうとう彼はつまらなそうに口を尖らせてしまった。


「あ、あのですねっ・・・ちゃんと私の体の雪は入れ替わっているのですよッ」

「そうなの?」

「はい!」

「いつ?だって、ゆきおんなはいつもここにいるじゃないか」

「えーっと、身体の雪が抜けると同時に、新しい雪が私の身体を作ってですね!だからゆきおんなとしての私はいつもここにいるわけですっ!」



咄嗟に考えた結果、口をついて出た言葉。

実際自分にだってそんなことは分からない。

でもなんとなく―、分からないと応えてしまうとこれから頼ってもらえなくなるような気がして。

そんな苦し紛れの産物でもいいから、何か言っておかなければならないと思ったから―



その瞬間、ぱぁっと明るく笑顔になる幼子。


「へー!そうだったんだ!ゆきおんなってすごいんだね!」

「へ・・・は、はい!すごいんですよ!」


年の割には目ざとく、賢い彼だから正直自信がなかったのに、彼は素直に信じた。

自分でも、本当はそうなんじゃないかと思うくらい―

彼の納得っぷりは清清しくて。



そして彼はつららの真白の肌にぺたっと触れて、あどけなく笑った。


「そっか!だからゆきおんなの肌はいつでも真っ白なんだね!」

「そうですか?」

「うん!僕、ゆきおんなの肌は綺麗だから大好きだ!」



子供とは―

なんと正直で

なんと純粋で

なんと暖かいのだろう。




全てを包み込むような”あたたかさ”




熱を持つことすら許されない私の

胸の奥に仄かな熱を持たせてくれる―

そんな彼が、私も大好き。



「ふふっ、ありがとうございます。私も・・・若が大好きですよ」

「本当!?じゃあ大きくなったら、僕のお嫁さんにしてあげるね!」


あはは、と笑い私の冷たい手を握り返してくるその手。



嗚呼、いつの日かこの手をぐいと引いてくれる時を夢見て。



 

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