book1


□もう一度言って
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「さぁ、お入りくださいリクオ様!」

「ごめん、邪魔するよ・・・」



つららに促されて入った部屋は彼女の自室。

転がるように入ると、ぐてっと身体を横たえた。

ひんやりと冷たい空気が熱に茹だった身体を冷ましてゆく。


今日は記録的な猛暑日。

暑さに耐えかねたリクオは彼女の部屋に避難してきたのだった。


「はぁ・・やっぱ涼しいなぁ、つららの部屋は」

「これでも、私にはまだまだ暑いですが・・・・」


そう言って彼女は着物の衿をぱたぱたと扇ぐ。


何気なく部屋を見回していると、壁に妙なものを見つけた。


「ねぇつらら・・・あれ、何?」

「はい?あぁ・・あれはリクオ様が描いて下さった絵ですよ!」

「え・・・僕が?」


そう言われて思わず顔をしかめる。

その壁に貼られた絵。

お世辞にも決してうまいとは言えない。

自分で見ても、これはひどい。

最初見たとき、ピカソ的な何かかと思ったほどだ。


勿論、あんな斬新な絵を描いた記憶など皆無だ。


それ以前に、それは絵なのか?

まずその絵が何なのかすら分からない。



「あれは・・・いつ頃でしたかね。リクオ様が、・・・そうそう、確か3つくらいの時に」



3歳、それは仕方がないかもしれない。

それよりも、あんな物を今も部屋に大事そうに飾っているつららの気が知れない。


「で・・あれ、何の絵・・・なの?」


どうしてもその正体が分からなくて、聞いてみる。


「私、らしいですっ!」


ぱぁっと嬉しそうな笑顔で彼女はそう言う。


どう見てもつららには・・・いや、人にすら見えない。

そんなとんでもない代物をこう部屋に堂々と飾られては、恥ずかしさが込み上げてきた。


「つらら・・なんでこんなもの飾ってるの?」


すると、彼女は仄かに頬を染めておずおずと言った。


「そ、それは・・・初めてリクオ様が、私にくださった物、だったので・・」


それだけで、今でも飾り続ける価値があるのか・・・

リクオにはそれがさっぱり理解できなかった。



それより、これからもずっとこんなものを飾られては恥ずかしくて仕方がない。

できれば今すぐ剥がして丸めて燃やしてしまいたいくらいだ。



「あの、絵なら僕がもう一回描いて上げるから・・・それ、剥がしてくれないかな?」

「ダメですっ!」


あまりの即答っぷりにこちらが驚いてしまった。


「な、なんで?」

「初めての贈り物なだけでなく、初めてリクオ様が描かれた絵ですから!一生物なんです!」


真面目な顔でそう言われては、乾いた笑いを返すしかなかった。

そこまで思い入れのある物だ。

きっと夜中にこっそり剥がしたりなんてしたら、明日どうなるかなんて分かったもんじゃない。


改めて部屋を見回してみると、いたる所に妙な物があることに気づく。

嫌な予感しかしないが、念のために聞いてみることにする。


「ねぇ・・・そこの汚いぬいぐるみは・・・」

「これですか?これはリクオ様が赤ちゃんの時に愛用していた―」


「じゃああれ―」

「ああ、あれは―」








聞き出したらキリがない。

次から次へと出てくる品々に、溜息が出てしまう。

もう恥ずかしいとかそういう問題じゃない。



つららの異常なリクオ愛を垣間見てしまったようで、なんとも言えないこの気持ち。



「あ、あのさ・・」

「はい?どうされましたか?」

「そんなに、なんでもかんでも取っておくことないんじゃぁ・・」

「いいえ!これはリクオ様の成長の思い出なんです。全部大切に取っておきますよ」



その熱烈さといったら、どこぞのコレクターのようだ。

きっと、こういうタイプは恋人が出来たらその人の物も端から端までコレクションするんだろう。


そう思いながら、いつか現れるであろう彼女の恋人に同情した。


「どうしました?そんな顔されて・・・寒いですか?」

「い、いや、すごく快適だよ・・」

「あ、こんなものもあるんですよっ!」



声のするほうへ顔を向ければ、机の引き出しからなにやら紙切れを持ち出してくるつららが目に入った。


「何?それ」

「ふふっ・・・私の一番の宝物です」


そう言ってその紙切れを広げる。

リクオは何気なしにそれを覗き込んだ。


「・・・!?」

その白い紙切れには、酷く汚い字で文字が書かれていた。



”だいすきなつららへ

つららだいすき

しょうらい、ぼくのおよめさんになってください


りくおより”



「お前・・・これ・・」

えらく汚い字だが、なんとか読み取ることの出来たその文章。

いっそのこと、もっと読めない程に下手糞ならいいのに・・・と思ってしまう。


見れば、つららは頬を紅く染めて微笑んでいる。


「可愛かったんですよ〜!この頃のリクオ様」

「悪かったな・・・今可愛くなくて」

「あ、いえっ、今も・・いや、今は・・・」


そして一層頬を染める。


「今は、かっこいいですっ・・」


そう言うなり、手で顔を隠して一人で照れている。


「ちょっと・・・つらら?」


テンションについていけなくて困り果てるリクオ。


「リクオ様っ」

「な、何?」


つららは少し頬の染まった顔を向けて、


「今は・・・この手紙のように思っていてくれてますか?」

「・・・っ」


太陽のように眩しい笑顔を向けられて怯んでしまう。

太陽―

彼女は雪女なのに。


可愛いと思ってしまった。


先程まで、彼女の未来の恋人に心から同情していたというのに。




「・・・・思ってくれてないんですか?」


そして、少し残念そうな顔をする彼女。


「え、いやっ・・・お、思ってるよ!」


あの笑顔を失われていくのが見たくなくて。

つい咄嗟に、そう言ってしまった。


もっと― あの笑顔を見ていたくて。


あれ、なんだろう。

なんで僕は

そんなに彼女の笑顔が見ていたいの?



「本当ですかっ?」


そして、また再びあの笑顔に戻ると、リクオは心から幸せな気分になった。


彼女の笑顔を見ているだけで、満たされるこの心―


そうか


僕は、彼女のことが好きなんだ。




「どうかしましたか?リクオさ―っ!?」



急に抱きしめられたことに驚いて目をグルグルさせるつらら。



「え・・・えっ?あの、リクオ様?」

「つらら―」

「―はい?」



「好き」

「え」


顔は見えないけれど、抱きしめたその華奢な身体に熱が灯っていく感覚。


彼女は雪、じゃなかったっけ―




いつまでたっても黙ったままのつららに、いささか不安になって身体を離す。


「―つらら?」


離れかけた身体を引き戻される。


「―っ」

「・・・リクオ様」

「何?」

「私も―、私もです。昔から」



「つらら・・・」


顔を見ようと、再び身体を離そうとする。


しかし、彼女にきつく抱きしめられていて離れられない。



「つらら・・どうしたの?」


顔は見えず、それ以上何も言葉を発しない彼女に不安になって囁きかけた。


「・・・ぐすっ」


聞こえてきたのは鼻を啜る音。


「なんで、泣いてるの?」

「泣いて・・ません」


でも確かに聞こえる嗚咽の音。


「嘘、つかないでよ」

「やっと聞けて、嬉しかったんですもん・・」

「え?」

「ほんとに小さい頃、一度言われたきり・・・それからはもう言ってくれなかったから」



雫で濡れた肩が、彼女の切な想いを表している。

そして優しく、少しはにかみながら言った。


「・・そんなのいつも言ってたら、ありがたみが無いだろう?」

「もうっ」



とある夏、再び目覚めた恋心―



 

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