book1


□欺も甘露の如し
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「んっ・・・」


月明かり差し込む屋敷の一室。

悩ましい声音が彼を高ぶらせてゆく。


「つらら・・・」

「ゃ・・リクオ、様ぁ・・」


柔らかな膨らみを揉み解す手は優しい。

それはまるで割れ物でも扱うが如しに―


そのまま彼は上気したつららの顔へと迫り、熱い口付けを施した。


「んっ・・、はぁ・・・ぅ」


隙間から漏れる唾液を器用な舌使いで掬い取る。

奥の方へ逃げるように引っ込んだつららの舌を捕らえると、ねっとりと絡みとった。


「・・・っ、」


リクオが薄目を開けてつららの方を盗み見れば、息苦しそうに苦悶の表情を浮かべている。

それでも彼女は負けじと必死に我慢している。

その様がリクオをますます扇情させているとは、彼女は微塵も知らないだろう。



いよいよ苦しくなったつららはリクオの胸を必死に叩く。


「っ、はぁ・・・はぁっ・・」

「悪いな」

「もう、リクオ様ったら・・わざとでしょ?」

「さぁ・・・」


そう言ってぬらりくらりとはぐらかす彼につららは頬を膨らす。


リクオは満足げに微笑すると、今やすっかり固く突き出た頂を口に含んだ。


「っぁ・・・・」


ちゅう、とわざとらしく音を出して吸いつく。

強弱をつけてやれば、さらに彼女は感度を増していく。

高揚した彼女の頬は桜のように染まり、陶酔しきったその表情は男の情欲を掻き立てた。



「んっ・・・くすくす」


すると、彼女は不意に含み笑いを漏らす。


「何・・笑ってんだ」

「ふふっ・・・いえ、ちょっと」


情事の最中に目の前の女が笑い出したことに、リクオは訝しげな顔をした。


「おい、随分と余裕じゃねぇか」

「そういうわけでは・・」

「何考えてた?」


情事中に何か自分以外のことに意識を向けられていては、気分が良くない。

リクオは眉を寄せて彼女の顔を覗き込んだ。


「昔のことを・・思い出しまして」


そう言う彼女の顔はまだ薄く笑みを含んでいる。


「昔のこと?」

「はい、なつかしい思い出を思い出しました・・ふふ」


自分の知り得ないことで、彼女がひたすらクスクスやり続けることにいささか不満を感じる。

それもこのような状況で。


少し不機嫌そうになった主の表情に気づいたつららは慌てるように言った。


「り、リクオ様、別にやましいことではありませんよ?」

「ほう・・じゃあ言ってみろ」

「で、でも・・」


すると頬をさらに染め上げて俯いてしまう。

その表情から、ただのつまらない昔話ではなさそうだ。

リクオはニヤリと口角を上げて詰め寄る。


「言うまでずっとこれでも、いいのか?」


そう言って、頂から顔を離すとゆるく乳房を揉み続けた。

わざと、決して敏感な場所には触れぬようにして。



「ぅ・・リクオ様の意地悪・・」


それもまた、リクオにとっては褒め言葉以外の何者でもないことを彼女は知らない。


「わ、わかりましたからっ・・」


そう言って口を尖らせると恥ずかしそうに話し始めた―










「リクオ様、泣き止んでください・・」


まだ齢0歳の赤子をあやしながら困ったように訴えた。

腕の中の彼は小一時間ずっと泣きっぱなしだ。

おしめは変えた。

眠いわけでもなさそうだ。

そうすれば、おのずと理由は見えてくる。


「おなかがすいたのですか?でももう少しお待ちを・・・あぁっ」


おぎゃあ、とひときわ甲高い声で泣き叫ぶ。

理由は分かっている。もう少しで夕飯の時分。

しかし、あろうことかミルクを切らしてしまっていたのだ。


「まだかしら・・・」


つい数十分前に毛倡妓が買出しに向かった。

つららの役目は、それが届くまでどうにか彼をあやし続けることだった。

しかし、空腹も限界に達してさすがのつららにも手が負えない状況だ。


「うぅ、困った・・」


何か策はないかと考えていた彼女の脳裏にある一つの案が浮かんだ。


「いや、さすがにそれは・・・」


つららは頬を染めてぶんぶんと頭を振った。

しかし、これではあまりにも彼が哀れだ。

彼は今にもはちきれそうなほどに泣きじゃくっている。


「気休め程度にはなる、かな・・」


つららは周りを見回す。


「誰もいない・・」


周りに気配を感じないことを確認する。


「少しくらいなら、騙せるかしら・・よし」


意を決したつららは着物の衿をぐっと引いて胸を露出させる。


そう、彼女が閃いた事は妙案も妙案。

自らの乳を吸わせることで場を繋ごうというものだった。


勿論母乳こそでないが、ちょっとした気休め程度だ。


「り、リクオ様・・どうかこれで暫く泣き止んでくださいっ・・」


剥き出されたそれを泣き続ける赤子の口へと近づける。

するとどうだろうか。

散々泣き散らしていた赤子は嘘のように泣き止み、それに夢中で吸い付いてくるではないか。


「・・・っ」


気休め程度だったからこそ、その絶大な効果に目を丸くするつらら。

それはまるで、本当に母乳が出ているかのような―


「リクオ様・・」


初めての感覚に戸惑うつらら。

そしてそれを見ていると、心なしか母性を掻き立てられる。


しばらくして息を切らし戻ってきた毛倡妓が、その場面を目撃して驚いたのは言うまでも無い―













「―という思い出が・・」

「・・・」


聞き終わるとリクオは目を細めて黙っている。


「な、・・・なんですか?そんな顔されて・・」

「なんつーか、お前って・・」

「はい?」

「結構、変態的なところがあったんだな」

「・・・へっ!?」

「だって、そうだろ。普通そんな妙案思いつかねーよ」

「ぅ・・・でも、その時は必死で・・っ!」

「くくっ」


恥ずかしさで顔が発火しそうなほどに赤くするつららを見てくつくつと笑う。


「で、でもリクオ様だってそんな気休めで驚くほどおとなしくなったんですよっ?」

「・・・っ」


幼い頃の話とはいえ、グサリと胸に突き刺さる。


「そういうもんだろ赤子なんて・・・だからおしゃぶりなんて玩具があるんだ」


そう言うと、悔しさも込めて再びその突起へと吸いつく。


「・・っ、リクオ様・・・お好きなんですよね」

「それ以上言ってみろ、明日腰が立たなくなっても知らねぇぞ」


そう言って甘噛みされれば、応えるように甘い嬌声を発する。


その後、仕返しと言わんばかりに夜明けまで付き合わされることになるとは―

この時のつららは知るよしも無かった。






ちなみに―

この気休め授乳事件は、今でも毛倡妓に弱みとして握られているのだった。




 

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