book1


□失われたもの
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― 数ヶ月後


「リクオ様?リクオ様ー!」


すっかり夜の帳が落ちた屋敷の庭先に響く声。


「あっ、いた・・!」


一本の桜の木の上にその姿を見て安堵する。


「なんだ?」


端正な顔で彼女を見下ろすその目はとても妖艶だ。

舞い上がる桜吹雪がそれを一層引き立てる。


「もう、またそんなところに登られて」


そう小さく叱責した彼女は背後から抱きすくめられる。


「きゃっ・・・」


いつの間にやらそこに現れた彼は軽々と彼女を横抱きにしてまた定位置へと舞い戻った。


「り、リクオ様?」

「だってソレ、しにきたんだろう?」


リクオはつららの手に握られた酒と徳利を見やった。


「は、はい・・」


つららは枝の上で主に抱かれるような形になっていることに頬を紅く染めた。

そんな側近の照れた顔を見るとリクオはふっと薄く微笑して耳元へ囁いた。


「ほら・・・酌してくれよ」


耳元にそんな低音で囁かれれば、つららは染まった顔のまま彼の持つ盃へと徳利を傾けた。

彼はそれをくいっと一気に呷る。


「なぁつらら・・・」

「は、はいっなんでしょうか」


未だ頬を朱に染める彼女を横目で見てくつりと小さく笑うと、


「それ、結構消えないもんだな」


つららの首筋を見て囁いた。


「えっ・・・、あ・・」


一瞬何のことだか分からなかったつららは首先をそっと撫でられて理解した。


「ん・・リクオ様もまだくっきりと・・」


そういわれた彼の首筋にもつららと同じ、紅い華が咲いている。


「いいもんだな、それだけ俺たちの想いが・・強いってことだろ」


彼はそっとつららのその華へ口を近づけると、つっとひと舐めする。


「あぁっ・・・」

「なんだこんなところで・・・見世物になっちまうぜ」

「だってリクオ様がっ・・・ぁっ」


リクオはその可愛らしい反応を楽しむように紅い華を吸った。


「更新・・だ」

「んっ・・・。くすぐったいです」

「お前もやっていいんだぜ?」


そう言って顔を上げて華を見せる。


「え、でも・・」


リクオは恥らって躊躇するつららに口角をあげた。



「何今更恥ずかしがってんだ?・・・・元はといえばお前が先につけてきた”しるし”だろうに」



そう、これを先につけたのはこともあろうにつららの方だった。


「うっ、あ、あれはその・・・つい」


以前リクオにやきもちを妬いた彼女が自分のものである証としてつけたもの。

つい熱くなってやってしまったその時の自分を思い出してさらに赤面する。

それと同時に、未だ様々な妖怪に言い寄られる彼に嫉妬の念が再湧して首筋ににじり寄る。


ちゅ・・・と小さな音を立てて吸いついた。

なんだかくすぐったい感覚にリクオは目を細める。


「そんな顔するなよ、つらら」


顔を離したつららを見れば、なんとも言いがたいすねたような表情をしている。


「だって・・」


つららはあれから収まるどころかむしろ過激化してきた彼に言い寄る妖怪達の行動を思い出し、小さく呟いた。


ある者は屋敷まで押しかけてきた。

それをつららは門前払いにした。

ある者は化け猫屋で飲む夫を誘惑紛いの行為で誑かそうとした。

たまたま迎えに行ったつららがそれを目撃して危うく店を永久凍結させかけたこともあった。



「心配するな。俺はお前しか眼中にねぇ」


そう言ってすねて少し尖らせた唇へ軽い口付けを落とす。


「ん・・・」







「でもリクオ様・・・どうにかならないでしょうか?これでは私気になって気になって・・」


不安を拭いきれないつららは寂しそうに俯く。


「憂い顔も綺麗・・・だが、お前のそんな寂しそうな顔はみたくねぇな」


リクオはすっかり黙り込んでしまったつららにふうとため息を漏らした。


「分かった分かった・・・なんとかするから、んな顔すんな」


顎をくいっと掴んで俯いた顔を自分の方へ向かすと、先程よりも深く甘い口吸いをした。


「はぁっ・・・本当、ですか?」


期待と不安に揺れる瞳。

リクオは小さく微笑すると、頷いた。


「あぁ、だから・・少しは寝ろ」

「っ・・・」



つららはそのことが気になって仕方なく夜もほとんど寝れていなかった。



「・・・なぜそれを」

「おめぇ、鏡見てねぇだろ?目の下のそれは失敗したメイクかなんかか」


その白い顔には似つかわない黒いものが目の下に見て取れた。

そして以前は百面相とまで言われた彼女の豊かなる表情は、今は見る影も無い。


「・・・!」

「はぁ・・その感じだと、鏡見てる間も上の空、ってか」


何も言い返せずにつららは黙ってしまった。

そして上目遣いで不安そうに問い聞く。


「本当に・・・なんとかしていただけるんでしょうか?」

「おめぇオレが嘘つくとでも思ってんのか」

「い、いえっ、決してそのようなことは・・・」

「だったら黙ってオレだけ見てろ・・・」



リクオは再び首筋へ口をつけると、新たな華を咲かせた。


つららは小さな甘い吐息と共に、憂い顔をほんのり桜色に染めた。





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