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□雪の日
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「若、起きてください!朝ですよー」

「うん・・・あともうちょっと」


聞きなれた声に鈍く返事を返す。


「早く起きてください、今日は早く出ないといけませんから」

「え・・・なんで?」


その言葉に疑問を感じて目を擦りながら起き上がる。

布団から晒された肌が冷たい空気に触れるとぶるっと震えた。


「うっ・・・さむっ」

「そんな薄着ではお風邪を引いてしまいますよ。今日は一段と冷えるんですから」


そう言って着替えを差し出しすつらら。


「で・・なんで今日早く出るのさ」

「ふふっ、外をご覧ください」


もったいぶるつららをじと目で見ると、どことなく普段より上機嫌だ。

凛と冷たい空気に身を震わせながら渋々障子を開けに立つ。


「なんか今日寒いなぁ・・・あっ」


障子を開けたリクオの目には一面銀色に染まった世界が映し出された。


「困りましたね、昨晩だけですっかり積もってしまって。だから今日は早めに出ますよ、若」


うきうきとどこか楽しそうに話すその声からは微塵も困っているようには感じられない。


これまで、たまに雪の降らない年につららがこっそりと庭を銀世界に変えることがあった。

まだ幼い頃こそ疑うことをしなかったからよく騙されたものだ。

小学4年にもなった今、真っ先にそれを疑うのだった。

しかし近隣の屋根から何まで全てが真白の雪帽子を被り、それが側近の所業ではないことがすぐに分かった。


「本物の雪だ!」

「ふふ、そんなにはしゃがれて・・」

「だって、よくつららの雪に騙されたもん」

「そ、それは若を喜ばせたくてですね・・・」


とはいってもリクオはまだ10歳そこら、雪が降ればはしゃぐのもまだ幼い証拠。

それを見てつららは微笑ましく微笑むのだった。


「いつか雪を見てもああして喜ばれることはなくなってしまうのでしょうか」


つららは少し寂しそうに呟く。


「つららー!雪合戦しよう!」

「あらあらそんなに真っ白になられて。でも今日は学校ですよ」

「えー。いいじゃん今日ぐらい休んでみんなで遊びたい!」


学校を渋るリクオにつららはすっかり困ってしまう。

しかし普段学校は決して休まないリクオが、雪を見て休んでまで遊びたい言ったことにつららは悪い気はしなかった。

雪とは、自分に最も近い存在だから―


「もう、仕方ないですね。分かりました、今日は雪遊びをしましょう」

「え、ほんと?やったー!ボクみんなを呼んでくる!」


リクオは寝起きの頃の寒さなどすっかり忘れて薄着で駆け出す。


「あっ・・・、若!そんな格好ではお風邪引きますよー!」


つららは上着を持って慌てて主の後を追う。






「くっ・・勝てるわけねぇ」


雪だるまにされた青田坊が呻いた。


「ふふふ・・・リクオ様には雪玉一発触れさせはしないわよ」


おほほ、と勝ち誇った様子で笑うつらら。


「うわー!やっぱすごいやつらら!」

「雪女がいるチームにかなうはずがなかろう」

「ごふっ、雪女、少しくらい手加減・・・」


一瞬にして宙に作り出された巨大な雪玉が首無に命中する。

そしてどうみてもこの中で一番元気なのはつららだった。


「つららが強すぎてボク暇だなぁ」

「ご安心ください、リクオ様の手を煩わせたりはしません!」


そう言って息巻くつらら。

そこへ現れた毛倡妓が昼食を知らせた。




昼食が終わるとつらら以外の側近たちは逃げるようにどこかへ去り、リクオが遊びの続きに誘おうとした頃には誰も残っていなかった。


「ちぇー」


つまらなそうに呟くリクオ。


「若、私がお相手をしますから」


つららはリクオの機嫌を取ることに必死だ。


「だって二人で雪合戦なんかしても・・・」

「では、雪だるまを作りましょう!」


ポンと手を叩いて提案する。


「でも雪だるまなんて・・・つららなら一瞬でできちゃうでしょ?」

「いいえ!地道に作るのです!さぁ、この雪玉を転がして大きくしてください」






「ふぅ・・できた!」


頭となる雪玉を乗せてリクオが歓声を上げる。


「やっぱり自分の力で作る雪だるまは立派に見えますねぇ」


出来上がった雪だるまの背はリクオとちょうど同じ高さだった。


「わかります?これ、若と同じ背の高さなんですよ」

「あ、本当だ」


つららは一昔前にもこうしてリクオと同じ背の高さの雪だるまを作って見せたことがあった。


「若がもっと小さいときに作った雪だるま、これよりずっと小さかったんですよ?ふふっ」


リクオは覚えていないらしく小首をかしげている。


「あっ・・またぱらつき始めましたね」


リクオの頭に白い斑点がついているのに気づく。

ぶるるっっとリクオが震えた。


「寒いでしょう?そろそろ暗くなって冷えてきましたしお部屋に・・・」


するとリクオはつららの氷のように冷たい手を握った。


「あっ・・・若、霜焼けになってしまいますから」


そう言って手を離そうとしてもぎゅっと掴んで離そうとしない。


「リクオ様?」


「冷たくなんかないよ」


そう言ってにこっとあどけない笑顔を見せた。

とは言ってても唇は少し青く、寒くないようにはとても見えない。


「リクオ様、顔青くなってますよ」


どうしていいものやら困っていると、


「だってかまくらって暖かいでしょ?だからつららも暖かいよ」


少し震えながらそう言った。

氷と同じ体温を持つ雪女であるつららは、いつもリクオが霜焼けになるといけないからと自分に触れさせなかった。

自分の身体はとても冷たいから、触ると凍えてしまうから、そう言って。


「つららの体は冷たくなんかない!」


本当は冷たくて仕方がないのに意地を張るリクオを見て思わず笑みが零れた。


「ありがとうございます、リクオ様。そう言ってもらえるとなんだか嬉しいです」

「だから手をつないでも霜焼けになんかならないよ」

「ふふっ。分かりました、でもお外は冷えるので中へ入りましょう」

「・・・うん!」

「あ、そうだ。甘酒をご用意いたします!体が温まりますよ」


そう言って、まだ掴んで離してくれないリクオの手を引いた。

自分を掴むその手は暖かく、つららが火傷をしてしまいそうなほどに熱を持っていた。



 

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