book1


□つくす者
1ページ/1ページ

 






「つららですか?」


毛倡妓は珍しく台所に現れた若頭の方へふっと振り向く。


「ああ、どこにいるんだ?姿が見えないようだが・・」


すると毛倡妓は少し間をおいてから困ったような顔をした。


「えーっと・・あの〜・・ちょっと、所用で出ておりまして」

「そうか。いつ頃戻るんだ?」

「ん〜・・しばらくは戻らないと思いますので、リクオ様は先にお休みになられてたほうが・・」

「へぇ・・・分かった。邪魔したな」


踵を返して台所から出て行く若頭の背中を見送ってから、毛倡妓はふぅとため息をついた。


「・・・妙な勘繰りをされなければいいけど」






「なんなんだ・・」


縁台にどかっと腰を落とし、くっきりした形で浮かぶ満月を眺める。

最近、つららの行動がどうもおかしい。

毎週のこの曜日、決まった時間に屋敷からいなくなるのだ。

最初こそ所用なら仕方あるまいと何も思わなかったが、こうずっと続くと気になってしまう。

先程の毛倡妓の反応にも何かひっかかる。


「あいつ、何やってんだ・・?」


彼女は側近であって、それ以上の何者でもない。

だから彼女のプライベートについてとやかく言うのはお門違いというもの。

それが分かっているからこそ、リクオは何も言えないで悶々としていることしかできない。


いつもこんな日は待てども側近は帰らない。

一度、限界まで待ってみようと試みたこともあったがいつの間にか夢の中に堕ちていた。

そんなわけで彼女が一体いつ帰ってきているのか。もしくは朝帰りなのか。

それはリクオの知るところではなかった。

日が昇ればいつものように彼女は自分を起こすためにやってくる。

昨日はどこへ行っていたのかと問えば、「ちょっと所用で」の一点張りだ。

いくら粘ってもそれしか言わないものだから、リクオもここ最近では諦めて何も聞かないことにした。


「どこで何やってんだか・・・」


ふんと軽く鼻をならして布団へ寝転がると、朦朧とする意識に身を任せた。






「リクオ様、朝でございますよー」

まだ夢うつつの意識の中でその声を聞いた。

今日は休日、もう少しと布団へ潜れば、その布団も引っぺがされて突然の寒さに身を震わした。


「・・・今日学校休みだよつらら」

「いつまで寝ているんですか。休日であろうと朝ご飯の時間には起きて来ていただかないと困ります!」

「うーん・・・・」


渋々と起き上がれば、つららは壁にかけられたリクオの羽織をしげしげと眺めている。


「あぁ〜・・また一段と綻びがひどくなってますねぇ・・」


痛々しそうな顔をするつららの横顔が見える。

リクオの愛用している羽織は随分昔から使っており、所々に綻びが出ている。

ある程度の綻びであればつららがすぐに直してくれるが、その羽織は長年使い続けたせいか継ぎ接ぎでもしない限り直せないほどボロボロになってしまった。

羽織を丁寧に畳んでリクオの傍らに置くと、せっせと洗濯物を集め始めた。

昨日所用で出かけていたとは思えぬ元気ぶりに、とても自分よりずっと年上とは思えなかった。

まだ寝ぼけていたこともあり思っていたことがついポロリと口をついて出てしまった。


「つらら・・昨日はどこに行ってたの?」


あからさまにびくっと反応するつらら。


「毛倡妓から聞いてるでしょう?所用で出ていました」


またこれだ。

思わずはぁとため息をついた。

そんなリクオのため息に気づいて彼女は傍へ寄ってきた。


「若?何かありましたでしょうか?」

「・・・所用って何?」


聞いても所用は所用だと言われるのは分かっていたが、何気なく問うてみる。


「そんなに気になりますか?」


いつもとは違うパターンの返答に少し新鮮さを感じて顔を上げた。


「まぁ・・」


少し不貞腐れたように目を背けるリクオを見て彼女はクスクスと笑うと言った。


「ふふっ。仕方ないですねぇ。私、今アルバイトをしてるんです」

「アルバイト・・・?何で?」

「何で・・と申されましても。お金を貯めるためですよ」


奴良組ではきちんと働いている妖怪に対してはそれ相応の給与が与えられている。

勿論つららもそれに含まれており、相当な無駄遣いでもしない限り金銭面で他のバイトをしなくてはならないほど生活に苦しむことはまずありえない。


「だって組からお金もらってるでしょ?」

「ええ、頂いておりますけど・・・」

「じゃあそんなのやらなくてよくない?」

「いいえ、ちょっと・・・買いたいものがあるので」


そう言い淀んで彼女はすっと立ち上がった。


「さぁ、リクオ様。朝ご飯冷めてしまわれますから早くいらっしゃってくださいよ」


いつもの調子に戻ったつららはそう言うとぱたぱたと広間のほうへ走っていってしまった。


「・・・最初から冷めてるじゃんか」


欲深さとは無縁なイメージの彼女が外部でのアルバイトまでして手に入れたいものとは何なのか。

朝食を食べている間もリクオの頭の中はその謎で一杯だった。

あまりに上の空なので膝にぼろぼろとご飯を零して若菜に叱責されたほどだ。



学校のある日とほぼ変わらない時間に起こされたリクオは暇を持て余していた。

縁台で庭を眺めながら今朝のつららの言葉を思い出す。

買いたいものがある――


「あー、もうやめた」


考えても分からぬ事に悶々と時間を費やすことがばかばかしくなってゴロンと転がる。




茹だるような暑さに毎日が地獄だった夏も過ぎ去り、今は9月。

少し涼しさを纏った風が肌に気持ち良い。

そんな心地よさと朝食後の満腹感が相まって、再び意識が朦朧としてきた。




「ちょっと、若!若!」


快活な聞きなれたその声に目を開ければ、自分の顔を覗き込むように見ている側近に少し驚く。


「わっ・・・!」

「こんなところで寝ていたら風邪を引きますよ!」


起き上がってみればそこは庭先が見渡せる縁台のど真ん中。

どうやらあのまま気持ちよくなって眠ってしまったらしいと気づく。


「もうっ・・・お昼寝されるんでしたらちゃんとお部屋に戻ってください」

「ごめんごめん・・・つい気持ちよくなって」


空を見れば少し赤らみ、夕焼けを纏っている。


「あれ、さっきまで朝だったような・・・」

「何を言ってるんですか?もう夕方ですよ」


寝ぼけ眼の主を困ったように見る。

そしてはっと何かを思い出したような顔をしてこちらを振り返った。


「あっ・・若。今日も私アルバイトへ行ってまいりますので、そのつもりでお願いしますね」

「え?昨日行ったばっかりだよね?」

「はい、そうですが・・、あの、ちょっと間に合わなくなってきましたので」


またそう言い淀んだ。


「間に合わないって・・何が?」

「あっ、なんでもないです!では私支度しなければいけないのでこれで!」


おい、と呼び止めても聞かずに走り去っていってしまった。


「なんだぁ・・・?」


つららの一挙一動はリクオにとって理解できなかった。

何か切羽詰った期限があるのだろうか?

もやもやしてスッキリしないリクオはそれから数日間その意味を考えたがさっぱりだった。







数日後―


縁台に胡坐をかいて一人酒をたしなむ姿。

一口飲んでは、ふうとため息にも似た吐息が漏れた。

もうじき日付も変わる時刻だが、側近の姿はない。

最近では毎日のように例のバイトへ出払っていて、顔を合わせることすら少なくなっていた。

これでは側近ともいい難いのでは・・・?と思い始めていた。

最近ずっとそうなのだから、勿論こんな時間まで姿を見せない今日も出払っているのだろうと思い、自分で台所から熱燗をこしらえてきた。

毛倡妓に聞くまでもないと思って確認すらとっていない。




「リクオ様」


もう一口と盃に口をつけたところで聞きなれたその声が聞こえた。


「なんだ?今日は所用じゃなかったのか」


所用、と皮肉の意味も込めて言った。


「そんなお顔なさらないでください」


つららは困ったように眉を下げて笑っている。

一気に飲み干すと、もう一杯注ごうとして彼女の手が触れた。


「・・・お注ぎしますよ」


そう言って、見慣れた手つきで盃へ注ぐ。用意周到にもその手には手巾がつけられている。


「リクオ様」

「なんだ」

「明日は何の日か、わかっておられますか?」


そう言われてしばらく考えた後、思い出した。


「あぁ・・そういや明日だったな」

「はい、明日はリクオ様のお誕生日です」


明日、といっても時計を見ればもう間もなく日付が変わるところだった。


「あともう少しでリクオ様も13歳。妖怪としては元服を迎えられます」


妖怪の13歳は人間で言う20歳。

妖怪としては大人になるということ。

最近ではリクオは不可解なつららの行動に気を取られていてすっかり忘れていた。


「・・・で、リクオ様」


つららがずいと距離を詰めてきた。


「ん?」


どこからか、0時を知らせる時計の音が聞こえてくる。


「・・・はいっ」


つららはリクオの手を取ると、その上にどこから出したのか大きめの箱をドカッと置いた。


「うわっと・・・・なんだいこりゃぁ」

「ふふっ・・リクオ様、お誕生日おめでとうございます!」


見れば満面の笑顔でにこにこと笑う彼女の顔があった。


「・・・ありがとう」

「いえっ!それよりも開けてみてください。きっと気に入られると思いますよ」


そう言われて膝に乗った大きな箱を丁寧に開けていく。

ラッピングを解いて箱の蓋を開ければ、そこには新品の立派な羽織が納められていた。


「これって・・・」

「はい、リクオ様の羽織はもうボロボロでしょう。ですから・・・私が新しいものを」


そう言う彼女の顔には未だ笑顔が絶えない。

一口に羽織といっても、それはあまりにも立派過ぎた。

そこらの安物とはひと目で違いが分かるほど。

「おめぇ・・・これ、かなりの上物だぜ?」

「あら、違いが分かるなんてさすがリクオ様です!すごく高かったんですから!」


それを聞いて、リクオはずっと分からなかったあの事がやっと理解できた。

つららが外部にまで出払って励んでいたアルバイト。

それが自分のためだと分かった瞬間、目じりに熱いものが込み上げてくるのが分かった。


「・・・お前、オレのために毎晩・・・!」

「お分かりになられてしまいましたか。秘密にしておくつもりだったんですけど・・」

「全然気づかなかったぜ」

「でも、本当困ってしまいましたよ。そのせいで若がすねてしまうんですもの!」

「いや、あれはすねてたんじゃなくて・・」

「はいはい」


柄にもなく少し頬を染めて慌てるリクオを見て彼女はくすりと笑った。


「わりぃな・・・ありがとう。本当感謝してる」


そう言ってリクオはぐっとつららを抱きしめた。


「あっ・・ちょ、・・リクオ様?」


茹蛸のように頬を朱に染め照れるつらら。


「これ、大事にするぜ。でもオレのためにあんまり無理するな」

「え・・こ、これくらい大丈夫ですよ!リクオ様のためなら・・・」


そこから先はもごもごと何を言っているのか分からなかった。


「別にそんな金のかかるものじゃなくても・・・なんならお前でもよかったんだがな」


何の気なしにさらりとそんなことを言ってのける主につららは素っ頓狂な声を上げた。


「え・・・え・・・っ!それってどういう意味・・でしょうかっ!?」

「どういうって、そのままだろ」

つららは恥ずかしさのあまり顔を真っ赤に染めて黙り込んでしまった。

リクオはくつくつを微笑を浮かべて盃を傾ける。



秋の夜長に揺れる一対の影

影と影の口元が触れ合い、甘く深い夜長が始まりを告げる。


 

 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ