book1


□守る者守られる者
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「付き合ってくれ」

また――

またこれだ。

中学に潜り込んでいた時も度々こんなことはあった。

でも高校に入ってからのその頻度に比べれば至極かわいいものだった。

主の護衛をしやすくするため、中学とは違い高校は正式に受験をして彼と同じ学校に入学。

これで中学の時よりも近くにいられるし、護衛もしやすくなる。

そんな楽観的なことしか考えていなかったつららにとって、この失態は全く想定外だった。

「・・・ごめんなさい」

この台詞も入学してから何度目か分からない。

今回だって、いつもの決まりきったこの台詞で終わらすつもりだった。

これで大部分の人間は諦めてくれる。

でも――

「なんでだよ?」

たまにこういう奴がいる。

まさに今回がそうだった。

さっさと諦めて退いてくれればいいものを、こうやって無駄に手数をかける奴が。

授業が終わり、主の元へ行こうとしたところへ呼び出された。

どうせまたあれだろうと思って仕方なく来てみれば、案の定これだ。

こっちは急いでるんだから手間を取らせないでほしい。

そう思いながら次の返事を吟味していると、何も言わないつららに痺れを切らして男は言った。

「好きな人がいるってのは知ってるんだぜ」

そんなことを言い出した。

どこで仕入れた情報かは知らないが、根拠もなくよくもぬけぬけと。

と思ったが、さっさと終わらせたかったので利用しない手はない。


「あら・・知っているなら話は早いです。そういうことなのであなたとはお付き合いできません」

「ああ知ってるけど・・それがどうした?」

この男は一体何が言いたいのだろうか。

薄ら笑いを浮かべたねちねちとした言い方に不快感が募っていく。

「・・・?」

「だって、別に付き合ってるわけじゃないんだろ?なら問題ないじゃん」

この言葉でつららは畏れを発動しそうになったが、主の意向に背くことになるので寸でのところで耐えた。

「はぁ・・・あなた、私の気持ちの方は考えてるんですか?」

「ん?あー考えてるよ。奴より俺のほうがつららちゃんを幸せにできるね」

「呆れた。私の気持ちを微塵も考えてないような輩が・・幸せに出来る?」

「ああ?だから考えてるって・・・」

「ごめんなさい、私急いでるの」

「おい、付き合ってくれるまでいかせねーよ」

そう言って道を塞ぐ。

「・・・」

雪女であるつららにとって、人間の一人や二人殺めることは容易い。

しかし、ここで騒動を起こせば主の命令に背くと同時に、学校での護衛が厳しくなる。

「で?付き合ってくれるの?」

「ふざけないで」

先程は利用したが、実際想い人ならいる。

幼少の頃よりお守りし続けたお方。

幼き頃こそ護衛の対象でしかなかったが、三代目を継いでからというもの別の感情が芽生えてしまった。

それをつらら自身が自覚したのもつい最近の話。

そんな彼がいるというのに、どうしてこのような下衆な輩と付き合えようか。

「そう、どうしても付き合ってくれないんだ」

「だから何度も言ってるように・・・!」

その時、男はつららにずいと詰め寄り、腕を掴んで動きを拘束してきた。

「ちょ・・・何するの!」

「へっ・・だったら力ずくで頷かせてやる」

「・・・っ!」

今までの輩とは違った過激な行動に動揺して後ずされば、背中に壁が当たり逃げ場を失う。

もういっそこうなればこの外道 殺してしまおうか

学校にいられなくなっても、影から見守ることならできる・・・

そう決心しかけたその時。




「つらら!」

その声は聞きなれた愛しい想い人の声だった。

「り、リクオ様・・・」

「おい・・お前何やってんだよ。つららから手を離せ!」

男はそれを見てちょっと驚いたような顔をしたが、すぐに薄ら笑いを浮かべた。

「お前が奴良だな・・?」

「・・・?ボクはお前のことを知らない」

「だろうな。だが俺は知っている。お前の秘密だって・・・調べがついてるんだぜ」

「ボクの秘密・・・?何を言っているのかわからないよ」

「そして、お前がつららちゃんの好きな人だってことも知っている」

「は・・?」

何のことだか分からずにキョトンとしているリクオ。

「なんだ、お前は知らないのか。まぁいい・・お前の秘密だが、ここに証拠が」

男は一本のビデオテープを掲げた。

「なんだよそれ・・?ていうかボクの秘密ってなんのことだかさっぱり・・」

「俺はお前が妖怪だと知っている!」

「!?」

必死に隠そうとしているが、リクオは明らかに動揺した様子で固まっている。

「この前たまたま目撃してな・・このビデオには、お前が妖怪に変身する瞬間が写ってるんだぜ」

「っ・・ボクは妖怪なんかじゃ・・」

「よせよ、なんならビデオ確かめてもいいんだぜ?」

そう言った男の顔には自信が満ち溢れており、はったりではないとひと目で分かる。

「・・・それでどうするつもりだよ」

「まぁ待て」

男は拘束しているつららの方に向き直ると、独特なねちねちとした声で囁いた。

「つららちゃん・・・分かっただろ?こいつ妖怪なんだよ。それでもいいのか?」

「・・・」

つららは何も言わずに黙っている。

どうやらつららが雪女であることは知らないらしい。

自分の正体がまだバレていないなら隙をついて容易く殺すこともできよう。

そう思って主の方を見れば、「よせ」と顔で合図して来た。

「・・・で、そのビデオをどうするつもりだ?」

「つららちゃんの反応が薄いな。まぁいい・・、取引だ」

「取引?」

「つららちゃんが俺と付き合ってくれたら、このビデオはお前に渡す。だが、もし断れば・・・世間に流してやるよ」

つららは顔がひきつった。

自分の失態で主が危険に晒されている。

でも自分さえ言いなりになれば・・・。

「そのビデオを流せばつららには手出ししないって誓えるか?」

「り、リクオ様!?」

「あー俺は嘘はつかねぇ。つららちゃんと付き合えないのは残念だが・・その代わりにお前がえらいことになるしな」

「リクオ様!おやめください!私のことなど気にせず・・・」

そう叫ぶと、リクオは手で制して言った。

「つらら、そんなことできるわけないだろう?ボクの正体がバレるだけでつららが守れるっていうんなら・・・」

ずっと側近として主を守っているつもりでいた。

しかし、気づけばいつの間にか自分が守られる立場になっている。

つららはそんな自分が情けなくて仕方がなかった。

「・・・リクオ様」

「けっ、本当にそれでいいんだな?わかったよ、じゃあこのビデオは放送局にでも送って・・・ん?」







今は7月。もうじき夏休みが迫っている初夏の陽気。

にもかかわらず――

「うわっ・・・なんかさみぃ」

先程まで辺りは茹だるような暑さが取り巻いていたのに突然ひやりとした風が吹いた。

それはまるで真夏に冷凍庫を開けたときのあの冷気そのもの

ひゅぅ――




「・・・え」

ふと男がつららを捕らえていた手に違和感を覚えて見ると、なんと自分の手が氷付けになっている。

刹那―

どこからともなく猛烈な吹雪が吹き荒れ、辺りは一瞬にして雪山のそれと化した。

その突如現れた吹雪は全てを凍てつかせ、男を豪快に吹き飛ばす。

吹雪で霞むその先を見れば、真白の着物に身を包んだ女が薄く微笑みながら笑っていた。

それはまるで― 雪女

「・・・ひぃっ」

男は凍りついた体とわずかに動く足でその場から逃げるように去っていった。







「つらら・・・」

「すいません・・」

その帰り道―

雪山と化した現場は本家の火妖怪を呼び、一晩で元に戻すように頼んでおいた。

しかし、先程の惨事で男にはつららの正体がバレた可能性がある。

「もうこれっきりにしてよ」

「はい・・・申し訳ないです」

主の危機に見てられなくなったのだと弱弱しく弁解するつららを見て、力いっぱい叱れないリクオだった。

「またあいつが何かしてこないといいけど・・・」

「つ、次はなんとかしますから・・・!」

「普段みたいな潔いやつらばっかりじゃないんだから、気をつけてよ、全く」

「えっ・・・普段みたいな・・って・・」

「何?ボクが知らないとでも思ってたの?」

つららは告白に関する一切をリクオに黙っていた。

それだけに、突然当たり前のような顔してそんなことを言われれば驚きもする。

「え・・・だって・・私言いましたっけ?」

「いや?つららからは聞いてないよ」

「じゃあなんで」

「全く・・・つららって天然だよね。学校じゃその噂で溢れてるよ?知らないでいるほうが無理だ」

「え・・・ええええぇぇっ!」

「ほんとに知らなかったの?」

「知るわけないじゃないですかぁっ!そ、そんなことになってたなんて・・・」

衝撃の事実にあわあわと震え出す。

「しかも、全部一言目でフラれるって持ちきりだよ。ははは」

「だって・・」

「ま、それでボクも安心していられたんだけどね」

「え?」

「だって、最初はハラハラしてしょうがなかったよ。つららが誰かと付き合うことになんてなったら・・・」

「へ・・・それって・・」

「噂に気づかないだけじゃなくて、ボクの気持ちにも気づかないんだね」

リクオは少し頬を染めて照れくさそうに笑っている。

つららも一気に顔の温度が上昇していくのが分かった。

理屈上は氷塊である雪女の身体が熱を持つことなどありえないのだが。

「どう?まだわからない?」

「えっと・・・その・・・それは一体」

「・・・もう分かってるよね?まぁいいや。あのさ、ボクつららのこと、好きになっちゃったんだ」

リクオはポリポリと頭をかいてふいと目をそらす。

「ほ、ほんとですか?」

「こんな嘘、ついてどうするの?」

するとつららは叱られてしょげていた顔からぱぁーっと明るい笑顔になって言った。

「う、嬉しいです!リクオ様から・・そんなお言葉頂けるなんて」

「今日の奴だって、つららが付き合ってなかったから言い寄ってきたんだろ?」

「あ、はい。そのようなことを言ってました」

「じゃあ付き合ってよ。もうさっきみたいなことはさせない」

「リクオ様・・・」

リクオはつららをそっと優しく抱きしめた。

「はい・・・私もリクオ様のことが好きですっ・・!」





初夏の夕暮れ。

一年でもっとも長い日が沈もうとしていた。



次の日から二人は学校でも堂々と付き合い、二人が恋人であるということが学校中に知れ渡るのにそう日はかからなかった。

しかもどこから湧いたのか彼氏は不良だの任侠者だのとあることないこと囁かれ、やがてはつららに言い寄ってくる者は誰もいなくなっていた。



「――これもリクオ様のおかげです」

「はは、好きだから付き合っただけ。それだけの話だよ」



今日も夕暮れ時、二人の影が寄り添う―


 

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