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□悪童の約束
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「若ー!どこですか?夕食のお時間ですよ〜」

夕焼けに空が染まる夕暮れ時。

庭先で遊んでいるはずのリクオを探して名前を呼ぶ。

「おかしいわねぇ・・・先程までこの辺りにおられたのに・・」

その時、ふと数メートル程先に小さな靴が落ちているのが目にとまる。


「え・・・これって若の・・」

嫌な予感がして辺りにリクオの姿がないか目渡した。

しかし、リクオどころかネズミ一匹の気配も感じられない。

「若!どこにいらっしゃるんですか!」

つららは顔を蒼白にして草の根を掻き分けて回った。











庭先に生える一本の巨大な松の木、その枝の一端に小さな影があった。

「くくっ・・・慌ててるなぁ雪女。そうそう、もうちょっと前・・・」

冷静さを欠いたつららは必死な様子で駆け回っている。

それを上方から見下ろしてけらけらと笑う幼子の姿。

近頃ではこの幼い若頭も悪戯の腕を上げ、手口が巧妙になっていた。

さすがのつららも最近になってようやく危険を察知するようになり、見事この悪童を捕らえることもしばしば。

そこでなかなか罠にかからなくなった側近を不満に思い、彼の罠はさらに味をしめていくのであった。

リクオは観察の末、つららはリクオが危険に晒されると冷静ではなくなるということを見つけ出した。

彼はその心の隙をつこうと考えたのである。

「あんなに慌てて・・冷静さがなくなってるぞ、雪女」

声を出して笑うのを我慢し、じっとその様子を見守る。






「若・・・!本当にどこへいってしまわれたので・・きゃっ!」

すると突然視界がぐるりと反転し、木の上のリクオが目に入った。

「あっ・・・若・・!」

しかし罠だと気づいた頃にはもう遅く、見事に吊られるのであった。







降ろしてやると、あどけなくリクオは笑っていた。

「あははは、やっぱり雪女はドジだな」

「もー!心配したんですからね」

罠にはめられた悔しさよりも、主が無事だった安堵感がはるかに上だった。

辺りは夕闇に包まれ、カラスの鳴き声が空に響いている。

「さ、若。もう夕飯のお時間ですよ、帰りましょう」

久しぶりに側近に勝ったリクオは満足そうに頷いた。

リクオは本家の妖怪全般に対してこういった悪戯を仕掛けるが、その中でもつららが最も的になりやすい。

勿論つららが嫌いでやっているわけではない。

むしろその逆、といってもいいかもしれない。

「ねぇ雪女」

暗い庭先でつららの手に引かれるリクオが呟いた。

その声は闇に吸い込まれるように小さい声だった。

先程までの快活な様子と打って変わる主の声につららは足を止める。

「はい、なんでしょうか若?」

暗くて顔はよく見えないが、俯いているのは分かる。

どこか具合でも悪いのかと心配になり、しゃがんで話しかける。

「どうしたのですか?どこか具合でも・・・」

「雪女はいつか誰かの所へお嫁さんにいっちゃうの?」

その声はひどく不安げで、震えていた。

「えっ?」

突然の言葉にキョトンとするつらら。

しかし、その今にも泣き出しそうな主を安心させようと微笑んだ。

「安心してください。若が立派な総大将になられるその日まで、嫁ぐようなことはしません」

するとリクオは安心するどころかさらに弱弱しい声で囁いた。

「・・・ボクが三代目になったら、どこかへいっちゃうってこと?」

「リクオ様?きっと三代目になられたらリクオ様にはいいお方がいると思いますよ。ですから・・・」

不安に揺れるリクオの小さな頬に手を当て、にこりと微笑んで言った。

「その時は私の側近としての役目は終わると思っています。でも、どこへも行きませんから安心してください」

「ちがうよっ!」

「え?」

「そうじゃない。ボクは雪女をお嫁さんにしたいんだ」

「若・・?」

「ダメなの?雪女はボクじゃヤダ?」

つららは必死に懇願するリクオをたしなめるように言った。

「いやじゃないですよ。私はリクオ様を誰よりもお慕いしております」

「慕ってるとかそういうんじゃないよ」

「でも・・・まだ若は幼いです。それに、私は誰か別の人のところへと嫁ぐなんて一言も言っておりませんよ?」

「え・・・でも、ボクが三代目になったら行ってしまうんでしょ?だったらボク・・・三代目になんかならない」

夕闇に儚くゆれるその眼には、幼いなりに固い決意の意が現れていた。

「若・・」

つららは主のまだ小さな手を霜焼けにならない程度に包み、優しく囁いた。

「若、私は若が三代目になるまではどこへも嫁がないと言っただけですよ?」

「それってどういう意味?」

「若にはちょっと難しすぎましたね。では簡単に・・。若が三代目を御襲名なされた時、まだこの雪女をそのように思っていてくださったのなら」

つららはすぅっと一息ついて、静かに言った。

「そのときは、あなたのお嫁になりましょう」

「本当に?」

「ええ、本当です。ですからそんな寂しそうなお顔をなさらないでください」

つららはそう言ってリクオの泣き跡をそっと拭った。

「うん・・約束だからね!」

「はい、約束です」

すっかり機嫌を直したリクオはパァーっと笑い、元気に屋敷のほうへ駆けていった。

そんな様子に安堵したつららはその駆けていく小さな背中を遠い目で見つめた。

いつかあの背中に数多の妖怪達を率いる時、自分がその横で微笑む未来を想像していた。

「私は・・・その日を待ち遠しくお待ちしております、リクオ様」




 

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