book1


□妬みも青春
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「落ち着けつらら、話せば分かる」

「わかりません」

「何をそんなに怒ってるんだ」

「別に怒ってません」

「じゃあなんでそんなに離れてる」

「特に意味はないです」

先程から何を言ってもこの調子。
埒のあかない押し問答状態。

「あのなぁ・・・」

聞く耳を持たない側近に詰め寄る。

「・・・」

少しぴくっと反応したが、すぐに庭先のほうへ目をそらしてしまう。

「そんなに機嫌を悪くすることか?」

「何がです?先程から言ってますように、私はいつもどおりです」

もう何を言ってもさっぱりだ。
頑固な側近にこれ以上何を言っても無駄だと分かるとリクオは熱燗を自ら盃へ注ぐ。

「おいおい、酌しにきたんじゃねぇのか?お前は」

「・・・」

「はぁ・・・」

無意識にため息が漏れる。





数時間前のことだった。

放課後もやることがあって忙しいリクオは、夕食の準備があるつららを先に帰した。
仕事も片付きさて帰ろうとしたとき、屋上から清十字団の騒ぐ声が聞こえたので顔を出すことにした。

結果、例によって清継が妙なことを思いつきすっかり帰りが遅くなってしまったのだ。

あまり遅くなるとつららに心配かけると思い、足早に帰宅しようとした。

しかしそう事はうまく進まなかった。
今日に限ってカナから誘いがあったのだ。

「ねぇリクオ君。うちに美味しいお菓子があるんだけど、寄らない?」

「え、あー・・」

「ダメ?」

何故か知らないが懇願するような目をするので、ついつい承諾してしまった。
ほとほと昼の自分の人の良さに呆れるばかりだった。

「はい、たくさんあるからいくらでも言ってね」

「あー・・うんありがとう」

不自然じゃない程度に頂いて、できるだけ早く帰ろうと思った。
しかし、そのお菓子の一つ一つについて説明し始めるカナ。

本当に、なんで今日に限ってこんなことになるのかと自分の悪運を呪った。
今頃きっと家では帰りの遅いリクオを心配してつららがそわそわしているに違いない。
もしくはすでに探しに出ているかもしれない。
容易にそんな光景が想像できた。

「あ、あのカナちゃんボクそろそろ・・」

「あ、忘れてた!」

若干腰を上げたリクオにも気づかず突然思い出したように部屋を出て行ってしまった。

仕方ないのでしばらく待っていると、湯気の立ち上るカップを持って戻ってきた。

「これ、有名な紅茶で・・・」

そしてまた、今度は紅茶の説明が始まってしまった。



そんなこんなで結局帰ったのは10時をまわった頃だ。
門をくぐると、予想通り彼女の姿があった。

「リクオ様!」

やっと帰ってきた主のもとへ駆け寄るつらら。

「ただいまつらら・・・」

「こんな時間までどこで!何をしてらしたのですか?」

ぐりんっとその螺旋の瞳で見てくる。

「あ、いやちょっと・・・」

「言ってください!どこで!何を!こんな時間まで!やっていたのですか!」

つい最近、カナを朝まで連れまわしてたことがバレて大変なことになった。
まだその余韻覚めやらぬ今、カナの家でお茶菓子を食べていたなんていったらどうなるか。

「えーっと・・」

しかしちょうどいい言い訳が出てこない。
下手な嘘でもついてバレたらもっと厄介だ。
仕方がないので正直に言うことにした。

でも別になにかやましいことをしたわけでもなんでもないのだ。
わざわざ隠すほうが不自然だと自分の中で言い訳をする。

「ちょっとカナちゃんにお茶に誘われて・・・その、家で」

その瞬間、周りの空気が急激に下がるのを感じた。

「私は早くから夕飯を用意して待ってたんですが」

「ご、ごめん・・」

「もう・・・若なんて知りません!」








そうして今に至るわけだ。
あの後自室に閉じこもって出てこなくなってしまったつららを無理やり呼び出して酌をさせているところなのだが。

見ての通り酌はおろか、こちらを見ようともしない。

「おいつらら・・・いい加減に」

「いい加減にするのはリクオ様の方ではないのですか?」

キッ!とこちらを睨む。
一体何がそこまで彼女を怒らせているのか、リクオには皆目見当もつかなかった。

「つらら、お前なぁ。オレだってもう妖怪としては子供じゃないんだからさすがに門限早すぎるぜ・・・」

ふいっとそっぽを向くと彼女はボソッと呟いた。

「・・・別に遅くなったから怒ってるわけじゃありません」

「やっぱ怒ってるんじゃねぇか」

「・・・」

「じゃあなんで怒ってるんだ?オレぁてっきり夕飯の時間に帰らなかったからだと・・・」

「違います!」

いよいよわけがわからない。
今日の自分の行動を思い返してみてもそれ以外につららを怒らせる理由が見つからなかった。

「言わねぇとわからねぇよ」

「お気になさらないでください」

「じゃあ力ずくにでも言わせてやろうか?」

つららに詰め寄って腕を掴んだ。

「や・・・やめてくださいっ!」

「やめねぇよ。ちゃんと言うまではな」

掴んだ腕をぐっと引く。

「きゃっ!リクオ様・・・ほんとにやめてくださいってば・・」

「で、なんで怒ってる?」

「何でもありません」

「なんでもないのになぜ泣いてる?」

つららははっとして目元を袖で拭う。

「言ってみろ。いくらオレでも言わなきゃわからねぇこともある」

「・・・リクオ様は私の気持ちも知らずに・・・ひどいです」

「あぁひどいな。で、なんでだ?」

「だって・・家長の家に行っていたのでしょう?」

「あぁそうだが・・・」

それが一体どうしたのかさっぱり分からない。

「まだ分からないのでしょうか・・?」

そう言って見上げてくるつららの目には絶望にも似た色が浮かんでいるのに気づいた。
それを見て、ふと最近毛倡妓に言われた言葉を思い出した。






「リクオ様」

振り向けば毛倡妓が洗濯物を抱えてこちらに歩いてくる。

「なんだ?」

「リクオ様・・・そういうのに疎いのは存じておりますが、つららの気持ち分かってあげてください」

「・・・何の話だ?」

突飛な話に小首をかしげる。

「あら本当に気づいておられないのですね」

「だから何の話だって聞いてんだ」

「つららはあなたのことを誰よりもお慕いしていて・・・」

「あぁ?知ってるよそんなことは」

「そして、それ以上の感情を持ってしまっています」

「・・・!」

「ここまで言えばいくらリクオ様でもお分かりですよね?」

「・・・それはどういう」

「別にだからといってどうしろとまでは言えません。ですが、このままではあの子・・・壊れてしまいますわ」

悲しく、今のつららと同じような目をして言っていた。







「・・・つらら」

「はい」

「お前・・・辛くないか?」

「え?」

「いいか、お前だけが辛いと思うな。オレだって辛い」

紅の瞳でまっすぐ見つめる。

「・・・一体何のことですか?私は別に辛いことなんて・・・」

「もういい、我慢するな」

その華奢な身体をきつく抱きしめてやる。
途端、黄金の瞳から雫が溢れ雹となり畳に転がった。

「リクオ様・・・」

「悪いな、気づいてやれなくて」

「リクオ様・・・リクオ様・・私、リクオ様のことが・・・」

「あぁ言われなくても分かってる。俺もお前のことを・・・愛してる」

「リクオ様・・・!」

胸元に顔を押し付けて背中に回した手にぎゅっと力を入れてくる。

「元服してからというもの、じじぃのやつが跡継ぎはどうする気だとうるせぇんだ。くくっ」

「えっ・・」

それを聞いて頬をカァーっと赤くする。

「ははは、まだはえぇよって突っぱねてやってんだが・・・つららが良ければそろそろ考えるかな」

「り、リクオ様ー・・まだ中学生ではないですか」

「妖怪としてはもう立派な大人だぜ」

「それはそうですが!・・・でも私はリクオ様であれば・・・喜んで」

「・・・つらら」

唇を重ね合わせる。

「んんっ・・・ぅ・・・ぷはっ」

「じゃあ近いうちに祝言をあげよう」

「・・・はいリクオ様。どこまでもついていきます」

袖で口元を隠しながらポッと顔を赤らめた。


数年後、二人は大勢に見守られながら祝言をあげることになった。



「つらら?」

「はい、なんでしょうかリクオ様」

「なんで清十字団を呼んでプチ結婚パーティなんか開いたの?」

「ふふっ・・・決まってるじゃないですか。私、結構根に持つタイプなんですよ?」

「・・・?」

「大した理由ではありません、お気になさらず!」

つららは数年前の、リクオに気持ちを伝えられた日のことを思い出していた。

「またあんなことがあっては・・・困りますから」

「ん?何か言った?」

「いいえ?」

「あ、そういえば島くんがすごいどんよりしてたよ。初めて知ったけど、島くんってつららのこと好きだったんだね」

「私は中学の卒業式に告白されて知りましたが・・・やはりご存知なかったんですね」

「え、えええぇっ!告白されてたの?」

「あ、言いませんでしたっけ?」

「聞いてないよ!」

「あまり期待させてしまうのは悪いと思ったので、ハッキリと申しておきました。許婚がいるのでごめんなさいと」

「あー・・・悪いことしたなぁ」

「当たり前のことではないですかっ。リクオ様もそうならいいのに・・・」

「え?」

「まぁ今日見せ付けることができたので許しますっ!」

「え?何が?」

「なんでもありませーん」


そう言ってクスクスと幸せそうな笑顔を浮かべていた。



 

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