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□本命の忠誠心
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「そういや、今日はバレンタインだなー」

「そうだったな!今夜が楽しみだ」

ある日の朝、庭先の小妖怪達がそんな話で盛り上がっていた。
そこへ、小妖怪達と遊びに来たまだ幼いリクオが首を傾げて尋ねた。

「ばれんたいん、て何?」

「ん、若はまだ知らないんですね。バレンタインってのは、年に一度チョコレートが食べ放題の日で・・・・」

小妖怪がそんないい加減なことを口走ると、叱咤の声が轟いた。

「こらっ!リクオ様にいい加減なこと教えないでよ!」

見ればそこには、リクオの側近を務める雪女のつららが立っていた。

「いや〜でもウチじゃあながち間違ってないよ」

「全く!油断するとすぐこうなんだから。リクオ様、バレンタインというのはですね、女の子が男の子にチョコレートを贈る日なんですよ」

「そうなんだ!でも、なんで?」

「なんで・・・と申されましても困りますが。好きな人に想いを伝える絶好の機会の日・・・とでもいうんですかね?」

「んー、よくわかんないや」

「ふふっ。そのようなお話はまだリクオ様にはお早いですね」

そう言って優しく微笑む。

「じゃあ雪女はボクにくれるの?」

「ええ、もちろんでございますリクオ様。ちゃーんとリクオ様にあげるチョコを作ってまいりました」

そう言うとつららはリクオの背の高さまでしゃがみ、可愛らしい小袋を差し出した。
中には小さいけど少しトッピングが凝ったチョコがたくさん入っている。

「わぁ!雪女ありがとう!」

リクオは嬉しそうな声を出してはしゃぎ始めた。

「いえいえ、喜んでいただけて光栄です」

つららはそんなリクオの様子を見て満面の笑みで頭を撫でた。
すると、屋敷の方からそんな二人のやり取りを見ていた毛倡妓が庭先へ降りてきた。

「あらあら、微笑ましいこと」

「あっ、けじょうろう、チョコちょうだい!」

「ホホホ、言うと思いました。はい、私からの本命チョコですよ〜」

そう言って毛倡妓は小さな箱を渡す。

「ありがとう!ホンメイって何?」

毛倡妓がちらりとつららの方を見ると少しむっとした表情になっている。
毛倡妓はそんなつららを横目で見ながら言った。

「リクオ様。バレンタインチョコには本命と義理というのがありまして、本命チョコは本当に好きな人に渡すものなんですよ〜」

「へぇ〜」

「で、義理というのは本気で好きな人ではなく、形式的に渡すチョコのことです」

難しい言葉の羅列に、まだ幼いリクオは首を傾げている。

「ちょっと、毛倡妓。リクオ様にはまだそんな話しても難しすぎます」

少し不機嫌になったつららが口を挟む。

「そうかしら?ごめんなさいね〜リクオ様」

口ではそう言うが、毛倡妓はちっとも悪びれた様子がない。
つららの様子にクスクスと笑いながら屋敷へと戻っていってしまった。

「まったく毛倡妓は・・」

つららは呆れた様子でため息をつく。
すると、さっきまでそこにいたリクオの姿が消えて慌てるつらら。

「あ、あれ?リクオ様っ?」








その頃、リクオは屋敷中をチョコをねだって徘徊しているところであった。

「だれかーボクにチョコちょうだい!」

屋敷の妖怪達は当然それは色欲ではなく食欲からくる行動だと知っていてクスクスと笑っている。
そんな微笑ましい若頭に女の小妖怪達がチョコを与えている。

「あらあら、リクオこんなところで何をしているの?」

そこに現れたのはリクオの母、若菜であった。

「あ、おかあさん!あのね、今みんなにチョコもらってるんだ!」

手から零れ落ちるほどのチョコを見せ付けて無邪気に笑っている。
そんな我が子を見て口元を緩めると、若菜もポケットから小さな袋を取り出してリクオに渡した。

「はい、リクオ。お母さんからも」

「やった!ありがとうおかあさん!」

幼子はその抱えた手からポロポロとチョコをこぼしながら跳ねて喜んでいる。
若菜はそのこぼれたチョコの中に「つららより」という字を見つけてリクオに尋ねた。

「あら、つららちゃんからももらったのね」

「うん、雪女が一番最初にくれたんだよ」

「そうなの、よかったわねぇ」

毎年、つららは組の行事用としてチョコを作るが、プライベートで特定の誰かに渡したことはないと若菜は知っていた。

側近として主への礼という意味で渡したのかもしれないが、普段のつららがリクオを見る優しい目にはそれ以上の何かが感じられたのだった。

「リクオ、つららちゃんからもらえて嬉しい?」

「うん!ボクチョコレート好きだもん。それに、雪女が作る食べ物は何でもおいしいから!」

「そうね、でもそのチョコはきっと今迄で一番気持ちがこもってるんじゃないかな?」

「うーん。それ、ホンメイってやつ?」

「あら、もうそんな言葉まで知ってるの?驚いたわ」

「さっき毛倡妓に教えてもらった!」

その光景が不思議と容易に想像できて若菜は笑ってしまった。

「本命、かもしれないわよ?」

するとそこへ、リクオを探すつららがちょうどいいタイミングで入ってきた。

「あ、リクオ様こんなところに・・・」

「それがいいな!だってボク、大きくなったら雪女をお嫁さんにするんだ」

「・・・え?」

突然のリクオの言葉につららはポカンとしている。

「あ、つららちゃん!リクオがこんなこと言ってるわよ、ふふ」

「・・・あの!一体なんの話を・・」

「あっ雪女だ。雪女ーこれホンメイなの?」

リクオはそう言ってつららからもらったチョコを見せる。

「え、えええぇっ!?えーっと、それはその」

「それともギリってやつなの?」

リクオはとても寂しそうな顔をした。
つららは、リクオが言葉の意味を理解して使っているのか疑問だった。

つららはしゃがみ、手をリクオの肩に優しくかけると、

「リクオ様、私は誰よりもあなたをお慕いしております。なのでもちろんこれは本命です」

そう言ってニッコリ微笑んだ。

「なんかよくわからないけど、これはホンメイなんだね!やったー」

本命だと言われてもまるで照れを見せずにただはしゃぐリクオを見て、苦笑する。
本当に本命って言葉の意味がわかってるのかしら・・・

でもまだほんの子供だから仕方ないなと思った。

「じゃあ、雪女はボクが大きくなるまで誰ともケッコンしちゃだめだよ?ボクのお嫁さんになるんだから!」

一体どこでそんな言葉の数々を覚えたのか不思議になった。
まぁ、さしずめそこらの小妖怪達にでも吹き込まれた知識であろう。

「ふふ・・わかりました。リクオ様が立派な総大将になられるまで、私はずっとお待ちしております」

そう言って、その幼子の側近は少し先の未来に思いを馳せたのだった。



 

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