book1
□スイートバレンタインデー
1ページ/2ページ
空気が澄み渡る透き通った寒空の下、いつものように並んで登校する二人の姿があった。
「うーん今日も寒いね、目が覚めるよ」
「そうでございますねリクオ様。一年中これくらい涼しければいいのですが」
ポケットに手を深く突っ込みホッカイロまで握り締めているリクオとは対照的に、彼の側近は両腕を広げてのびのびと歩いている。
「つらら・・・これは涼しいじゃなくて、寒いっていうんだよ」
気持ちよさそうに歩く彼女を見て苦笑する。
「そうですかぁ?これでもまだまだ私の体温からすれば暑いのですが・・・」
真顔でさらっとそんなことを言っている。
彼女は雪女で、その零度の体温からすればたしかにそうなのだろうが、その言葉にはあまりにも現実味がない。
毎年この季節になるとどうしても雪女のその特性がうらやましくなるのだった。
「いいなぁ雪女は・・・」
「その分夏場になると、それはもう生き地獄なのです。私はリクオ様のほうがよっぽどうらやましいですよっ!」
とても切実そうな様子でそう返してくる。
「ははは、そうだねごめんごめん・・」
そんなことを話しながら歩いていれば、あっという間に学校の校門が見えてきた。
下駄箱で靴を履き替えると、
「では私はこれで。持ち場でリクオ様を見守っております!」
そう言って走り去って行った。
「やれやれ・・・見張りなんていらないって言ってるのに」
つららは登校こそしているが、授業などはほとんど受けていない。
彼女が学校に来ているのはリクオの護衛のためであり、勉学のためではない。
教室に入るとなんだか普段と空気が違うように感じた。
理由はすぐに分かった。クラスの女の子たちが見慣れぬ小袋などを持ち寄って騒いでいるのだ。
それがチョコだと分かると、リクオは初めて今日がバレンタインデーと気づくのだった。
「あぁ、今日バレンタインデーだったんだ」
午前授業が終わり昼休みになったのでリクオは屋上へ行こうと席を立つと、後ろから肩を叩かれた。
「リクオ君」
「あ、カナちゃんどうしたの?」
「はい、これ」
そう言うと家長は小さな箱を差し出してきた。
一瞬何かと思ったが、今日がバレンタインデーだということを思い出してお礼を言う。
「ありがとうカナちゃん」
「別にいいわよお礼なんて。あ、あけるのは学校終わってからにしてね」
そう言って足早に教室を出て行ってしまった。
「あっ・・・」
家長は教室を出たところでつららとすれ違う形になった。
「あら家長さんごきげんよう」
「あ、こんにちは及川さん」
つららはとりあえず挨拶を交わしたが目はまるで笑っていない。
突然のことに驚いた様子の家長だったがすぐに平静を取り戻して言った。
「こんなところでどうしたの?及川さん」
「いえ、ちょっと奴良君に用がありまして。オホホ」
そう言って教室へ入っていった。
残された家長は怪訝そうな顔をしながら首を傾げる。
つららは、たまにはリクオを迎えに行こうと思ってここに来たのだった。
しかしタイミング悪く嫌な場面に遭遇してしまった。我ながら自分の間の悪さに苦笑する。
今間違いなく家長はリクオにブツを渡していたのだ。
その証拠に、教室へ入るとそのブツを手に持ったリクオが目に入った。
それをどうしたものかと困っている様子だ。
「リクオ様」
「あ、つらら!ごめん今から行こうと思ってたんだけど」
そう言って反射的にそのブツを鞄に突っ込むリクオにつららは心の中でムッとする。
「いえ、たまにはお迎えに上がろうかと思いまして」
「そっかごめんね。いこっか!」
そう言って、今のことにつららは特に何も触れていないのに慌てた様子で教室から駆け出していってしまう。
「あっ、待ってくださいリクオ様」
そう言ってリクオを追いかけようとしたつららを呼び止める声がした。
「及川さん!」
振り向けば清十字団員の一人である島が手を振っている。
「あら島君こんにちは」
「こんにちは及川さん!」
こっちは急いでるんだけど・・・
そんな気持ちが顔に出てしまっていたのか、
「・・・及川さん?急いでるの?」
「あ・・・うん。ちょっとリクオさ・・・奴良君追いかけないと」
「そ、そうなんだ・・・もしかして及川さん、奴良のやつにチョコあげてたりするのかな〜なんてハハハ」
「ごめん、もう行くね!」
島が何を言いたいのかよく分からなくて痺れを切らしたつららはリクオを追って走り出した。
「あっ!及川さ・・・」
取り残された島はうなだれるしかなかった。
つららが屋上に着くとリクオは座って待っていた。
「あ、つらら!遅いよーおなかすいちゃった」
「すいませんリクオ様!今お持ちしますから」
そう言って走り寄ると、手に持った冷たい弁当を差し出す。
それを受け取るとリクオは慣れた手つきで凍りついた弁当を口に運んでいく。
そんなリクオを見ながらつららは先ほど見た光景を思い出していた。
確かに家長はリクオに渡していた。
でも一方、自分にそのことについてとやかく言う資格はないと分かっている。
つららも今日はリクオに上げるつもりで一つのチョコレートを持参していた。
さっき教室へ迎えに行ったときにでも渡そうかと思っていたが、あんなことがあって渡すタイミングを失ってしまった。
リクオには毎年軽い感じで渡しているので今更躊躇することでもないのだが、ここ数年リクオも大きくなり、つららは妙に意識するようになってしまった。
「つらら?」
深刻な顔をして考え込むつららに気づいてリクオが声をかけてきた。
「あっ、すいません!なんでしょうか?」
「どうしたのさっきから?」
「え?特にどうもしておりませんよ」
そう言ってすぐに笑顔を作る。
「ほんと?何か悩み事があればなんでもいってよ」
「いいえ、本当に何もありませんから!大丈夫ですよ」
「そう?ならいいんだけど・・」
そう言ってまた箸を動かし始めた。
考えていることがばれていないことが分かりホッと胸をなでおろす。
そして先ほどまでの思考を再開した。
今まで当たり前のようにチョコをあげていたのに、突然あげなくなったりぎくしゃくするのもおかしい。
だからといって軽い感じで渡すのもなんだか・・・義理チョコみたいでなんか嫌だ。
しかし本命だと宣言して渡すのも・・・なんだかよくわからなくなってきた。
とにもかくにも、あの家長のチョコが本命だったらどうしよう。
などと考えていると、弁当を食べ終わったリクオが立ち上がった。
「よし、そろそろ授業始まるしいかないと」
「えっ、もうそんな時間ですかっ」
考え込んでいたのでもうそんな時間になっていたことに驚くつらら。
「あ、待ってくださいリクオ様!」
「何つらら?急がないと遅れちゃうよ!」
「あ、あの・・・放課後ちょっと屋上に来てくれませんか?」
「え?屋上?いいけど・・・どうしたの?」
「え、いやその・・・あ!急がないと授業遅れますよっ!」
「うーん、まぁいっか。じゃいってくるね!」
「・・・あんなところ目撃しちゃった以上、覚悟きめないと」
階段を駆け下りていくリクオの背中を見て呟いた。