book1


□すれ違い
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リクオは物思い顔で吹き荒れる桜吹雪をただ眺めていた。

つららはそんな主にそっと近づいて言った。

「…リクオ様、晩酌はいかがでしょうか」

「いや、いい。今日はもう寝るから下がれ」

素っ気ない返事を返して立ち上がった。
そして羽織を脱いで壁へかける。

「…そうですか。では失礼します…おやすみなさいリクオ様」

そう言われてしまえば下がらざるを得なくて渋々障子を閉める。





つららはどうも腑に落ちなかった。

最近のリクオはつららに対して極端なほどに素っ気ない。
以前は毎晩のように付き合っていた晩酌も、ここ半月ほどぬらりくらりと断られている。

「リクオ様…一体どうされたのかしら」

つららにはさっぱり分からなかった。
このような扱いをされる原因に心当たりは皆無だ。

すっかり混乱してうなだれながら自分の部屋へ向かって歩いていると、前方から毛倡妓が畳まれた洗濯

物を抱えて歩いてくるのが見えた。

「あらつらら。どうしたのよそんな思いつめて、何かあった?」

沈んだ自分を悟られまいと笑顔を取り繕おうとしたつららだが、毛倡妓はあっさり見破った。

「え?いや…何もないわよ、オホホ…」

「下手な嘘はやめてよ。何かあるなら話しな、まぁどうせあんたの悩みなんてリクオ様のことだろうけ

どさ」

つららは簡単に見破られてあからさまに動揺している。

「…なんでわかるのよ」

「リクオ様のことで悩んでますって顔に書いてあるわよ。さ、どうしたの?」

「うーん…私の勘違いかも分からないんだけど。最近リクオ様が素っ気ないというか…」

つららはここ最近のリクオの行動を毛倡妓に話した。

「ふふふ、年の割にはほんと乙女よねぇ」

「悪かったわね若くなくて」

「まぁ…リクオ様の鈍さは国宝級なんだからあながち勘違いではないんじゃない?」

「え?どういうことよ」

「そのままよ。私が見る限りではリクオ様、つららの気持ちにこれっぽっちも気が付いてないね」

「き、気持ちって何よ!私は別に…」

「まぁウブだこと!いい加減認めなさいよ」

「うっ…でも側近の私ごときがリクオ様にこんな感情を抱いているなんて、知られたら…」

「ふぅ…全く。もしかしたら案外リクオ様も同じこと考えてたりして」

毛倡妓が何を言っているのかよく分からずつららは顔を傾げた。

「つまりよ。あの真面目なリクオ様のことだから…あんたと同じように『側近にこんな感情を抱いてし

まうのはいけない』とか思ってる可能性があるわね」

「え…ええぇっ!」

自分が思ってもみなかった毛倡妓の言葉に驚きの声を上げる。

「何よ、そんなに驚くこと?あんたも大概に鈍いからねぇ…リクオ様ほどではないけど」

「だ…だって、ありえないわよそんなこと!リクオ様は私のことなんてなんとも思ってないわ」

「でもそう考えると最近のリクオ様の行動に説明がつくと思わない?」

そう言われてみるとリクオの真面目な性格からして、距離を置こうとするのは納得がいく気がした。

「たしかに…そうかもしれないけど」

「だったら簡単よ。私も好きですって言えばいいだけ」

「えええぇ!待って!私の勘違いだったらすごく恥ずかしいじゃない!」

つららは顔を真っ赤にして慌てる。

「落ち着きなさいよ。私にいい考えがあるから」

わたわたするつららを制して毛倡妓は妖艶に微笑んだ。





翌晩、この日もリクオは縁側で桜を眺めていた。

今日は妖気を抑えてまだ人間の姿をしている。
その顔は物思いに耽っている。

「はぁ…」

深いため息をついて仰向けに倒れた。

「こんな風にしていてもしょうがないって分かってるんだけど…」

リクオはここ最近のつららに対する自分の態度を振り返っていた。

「ボクがつららのことを気になってるなんて、つららが知ったらどんな顔をするだろう」

勝手な都合でつららを避けてしまっている自分に情けなさを感じる。

「でも…相手が側近なだけに、知られたら皆に何言われるか」

そんなことを呟きながら二度目のため息を漏らした。

リクオは去年元服を迎え、奴良組の正式な三代目となった。

そんなこともあり、リクオは自分の立場をわきまえるよう意識していた。


すると、聞き慣れた声が聞こえてびくっとする。

「リクオ様、晩酌お付き合いいたしします」

聞き慣れた台詞のようだが、いつもと少し違うような気がした。

「いや…いいよ。今日はもう寝ようと思ってたから」

逃げだと分かっていても、ついいつものように断って下がらせようとしてしまう。

少しの沈黙の後、つららがおずおずと口を開いた。

「そう言わず、明日はお休みですし…お少しどうでしょうか」

いつもと違って引き下がらないつららに違和感を覚えた。
しかし、これ以上彼女をむげに扱うのは心が痛んだので少しくらいならと頷いた。

「じゃあ少しだけ…」

それを聞くと、つららはトクトクと酒を注いだ。

「今日はそのお姿のままなんですね」

「ん?ああ…うん。なんとなく、この姿でいたい気分だったんだ」

そう言って濁す。
最近自分のとってしまう冷たい行動が自分で嫌になり、今日は冷たい夜の姿になるのをやめたのだった



「自分でコントロールできたんですね、初めて知りましたよ」

そう言ってつららは笑っている。最近の自分の行動に気を悪くする様子もなく笑う彼女を見て胸が痛ん

だ。

「少し疲れるけどね」

「お疲れですか?」

「うんまぁ…最近大変だからね」

「では私が少し肩をお揉みしますよ」

そう言うとリクオの背後に移動した。

「え?いいよ!」

リクオはつららの予想外の行動に驚いて飛び退く。

「まぁまぁ、遠慮しないでください。はい、前を向いて」

リクオの体を前へ向かせて優しく肩をほぐし始めた。

「…」

リクオは怒っていると思っていたつららの不可解な行動の真意を考えていた。

「どうですか?痛くないです?」

「う、うん。もうちょっと下かな」

「はい、下ですね」

何をやっているんだボクは!そう思いながらも気持ちが良いと感じてしまう自分が恨めしい。

「痛かったりしたら言ってくださいね」

そう言って少し力を入れてほぐす。

かすかにつららの冷たい息が首筋にあたって気持ちがいい。

「うっ…」

「すいません、痛いですか?」

「いや!そんなことないよ!」

首に息がかかり、平静を保つのが苦しくなってきた。
これ以上はまずいと思った。

「つ、つらら。もういいよ!ありがとう」

そう言って体を離そうとする。

「まだ全然やってないじゃないですか。遠慮なさらず、さぁ肩の力を抜いて…」

離れようとしたリクオの体を寄せた勢いで先程よりもさらに密着してしまう。

すると、リクオは背中になにやら柔らかい感触を感じた。

「!?」

この状態で背中に当たるものが何なのかはすぐに分かった。

「ちょ、ちょっとつらら…」

「肩に力が入ってますよ、楽にしてください」

「そうじゃなくて…っ」

もはやリクオの思考はパニックに陥っていた。
次第に、これはわざとではないかという疑いが出てきたが、そんなことあるはずはないと即刻否定した。
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