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□おままごと
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「ねぇ雪女、おままごとしようよ」
今年で5才になるリクオの小さな手がつららの着物の袖を引っ張った。
「おままごと?分かりました、道具を探してくるのでちょっと待っててくださいね」
そう言って微笑むと、物置へ探しに行った。
奴良組の物置はありとあらゆる物が詰め込まれており、探せばたいていの物は見つかる。
とは言ったものの、そんなものがこの任侠一家の物置に存在するのかは分からなかった。
「ここになければないかな……あったあった。随分使ってなかったのね、埃だらけ」
つららはケホケホ言いながらその道具の入った袋をはたいた。
本当に、最後に使ったのはいつかなんてさっぱり分からない。
むしろ、この奴良家の物置におままごとセットなんてものがある方が不思議だ。
つららは改めて探し物が必ず見つかるこの物置に感心する。
「いけない!若を待たせすぎたわ、早く戻らなきゃ」
気づけばリクオをあそこに置き去りにしてから20分程たっていた。
「若!まだ待っていてくれたんですね、申し訳ありません探すのに時間がかかってしまって…」
リクオはもう数分待たされていたらここにはいなくなっていただろう。
それくらいあからさまに退屈そうにしていた。
「も〜遅いよ雪女!さっ、やろやろ」
口を膨らしてつららをじと目で見てから、袋をとりあげて地面にぶちまけた。
「若、レジャーシートを敷くのでその上で遊んでくださいっ!」
つららは素早くシートを敷き、方々へ散らかった道具を拾い集めた。
「じゃあボクがお父さんね!雪女がお母さん」
キラキラ目を輝かせながら言った。
「はい、わかりました」
とても楽しそうなリクオを見てつららも思わず口端が緩んだ。
「ボクはお父さんだからこれから仕事に行ってくるね!」
「あ、はい。いってらっしゃいませ」
結局一人遊びなんですかぁ〜とつららが苦笑いした。
「…」
しかしリクオはなかなか立ち上がらず、つららの顔をそれはもう目からビームが出るんじゃないかというくらい凝視している。
「若?どうしました?」
どうも様子がおかしいのでつららはどこか具合でも悪くなったのかと心配になってきた。
「雪女、はやく〜」
「え?何がです?」
手足をばたつかせながらまだ自分を凝視してくるリクオが一体何を求めているのかわからなかった。
「決まってるでしょ、キスは?」
「え?…」
今この幼い子は何て言った?
まだ今年で5才の子供が自分に言ったことを頭の中でもう一度再生する。
キス…
つららは恥ずかしさから頬を真紅に染めて袖で口元を隠した。
「わ、若!今のはその…だ、誰から教わったんですかっ!」
「首無」
あの生首…
この展開は非常に対処に困るのでどうすればうまくやり過ごせるのかを考える。
「雪女〜?はやくはやく!仕事に遅れちゃうだろ〜」
待ちくたびれたリクオはいよいよつららの着物の袖を自分の方へ引いてねだってきた。
「ちょ、待ってください若!だめですよ!」
「なんで?」
リクオはあからさまに不機嫌そうな顔をして口を尖らす。
「若、そういうのはですね…遊びでやったらだめなんですよ」
「遊び?」
「そうです。口づけというのは本当にお互い愛し合った者同士の…そうですね、儀式とでもいいましょうか」
すると、リクオは先ほどより更に不機嫌な顔をしている。
「なんでだめなの?だってボク雪女のこと好きだよ」
「へっ?」
いきなりの言葉にまぬけな声をあげてしまった。
「それとも、雪女はボクのこと嫌いなの?」
今度は今にも泣きそうな顔をしている。
つららは百面相とよく言われたものだが、リクオにも自分のそれが移ったのではないかと思った。
「ぁあ!泣かないでください若!嫌いなわけないじゃないですか…もう」
泣き出しそうなリクオの背中を優しく撫でてあやそうとする。
「じゃあなんでだめなの?」
そう言ってリクオはつららの袖をぎゅっと強く掴んで離そうとしない。
「若、先ほどの条件の他にもう一つ条件があってですね…そういうことは大人になってからでないといけないんですよ」
これ以上泣かせまいとつららはできうる限りの笑顔でそう言った。
「うー。ボク雪女のこと本当に好きなのにな…ぐすっ」
つららは実際嬉しくて嬉しくてどうしようもなかった。
本当だったら自分も好きですよと言って自分の初めての接吻だって捧げたいくらいだ。
でもそうしなかったのは、リクオに言ったとおり彼がまだ子供だから。
「若、それでも私はうれしゅうございます」
「だめだって言ったくせに」
リクオはすっかり拗ねてツンとしている。そんなリクオに微笑みながら、つららは考えていた。
幼き日の契りや言葉など大人となった時には忘れ去られる運命だ。
言ったその時はきっと本気なのだろう。でもやがて忘れられる。