book2

□秘め雪
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「なんだいこりゃぁ…」


ある一室から漏れる声。

話し声、といった感じではない。

切ないような

悩ましいような

今にも消え入りそうな―

儚げな声。





― つい先刻

リクオは真夜中の廊下を進んでいた。


「今日は月が明るいな」


雲一つない暗空にぽっかりと浮いた満月を仰ぐ。


「…溶けちまいそうだ」


そう零しながら彼女の部屋を目指していた。

今晩は地獄のような熱帯夜。

小一時間格闘した末、ついに諦めて起き出したのだった。


彼女の部屋はいつだって涼しい。

そう知っていたから真っ先にそこを目指した。


ぬらり、と音もなく彼女の部屋の前まで来ると、その入り口は微かに隙間を開けていた。

そこからひんやりと気持ちのいい空気が漏れ、肌に触れた。

彼女の部屋に間違いないと改めて確信する。


しかし―

漏れてくるのは冷気だけではなかった。

それに気づいて、襖にかけた手を止める。

― 冒頭に戻る


彼女の部屋から漏れる、確かな声。

リクオはじっとそれに耳を澄ませた。

その声は確かに彼女の声だった。

生まれたときからずっと一緒にいるのだ。聞き紛うことなど決してない。


しかしその声は普段の物とは明らかに異質だった。

悩ましく、かつ熱い熱情のようなものが込もっている。


こんな夜更けだ。彼女はとっくに寝付いていると思っていた。


しかしこの熱帯夜。

たしかに雪女である彼女にとって、自分よりずっと寝苦しいことは間違いない。


ひどくうなされているのだろう―

ここで自分が部屋に入り、さらに部屋の温度を上げてしまっては可哀想だ。


そう思ったリクオは、襖にかけた手をひっこめた。

そして踵を返そうとした時、心の臓が飛び跳ねた。


「リク…オ様…」


部屋の中から悩ましげな声で、確かに名を呼ばれたのだ。

起こしてしまったのだろうか。

はたまた寝言だろうか。


それが確かめたくて、リクオは隙間に顔を近づけた。


「…―っ!?」


リクオは目を疑った。

そして、その光景に目を細める。


あれは―


確かにそこにいたのは彼女だった。

闇の中でも一際目立つその白い肌。


その口からは悩ましげな切ない吐息を吐き、もぞもぞと体を動かしている。


頬は微かに色を帯び、目は固く閉じている。


どう見ても情事を伺わせるそれは、酷く甘美で― 妖艶だ。


ごくり―

リクオはわずかしかない隙間を静かに開いていった。

部屋へ差し込む月光の面積が広がっていく。

けれども、彼女がそれに気づく様子はない。



ぬらり

リクオはひんやりとした快適な空気を感じつつ、足を踏み入れた。


ぬらりひょんである彼が気取られることなどありえないが、自然と緊張で身が強ばる。


心の臓が早鐘を打つ。


その間もとどまることを知らない彼女の声がさらにそれに拍車をかけた。


リクオは部屋の片隅に腰を下ろすと、ただじっとその様子に見入った。










「んぅっ…はぁ…っ」


体が熱い。

この氷塊が形成する身体から溶け出した物が布団を濡らしていく。

このまま溶けて消えてしまうんじゃないか―


そんな不安を感じつつ、それでもひたすら動く手が止まらない。


「んぁ…リクオ様…ぁ」


そして漏れる吐息と共に、愛しい彼の名を呼ぶ。


今宵は暑くて、暑くて、うなされて、気づけばこんな行為に走っていた。


激しい背徳感にさらなる興奮を覚える。


「…―?」


あれ…

今そこに誰かいたような―

暑さのあまり、幻覚まで見えてしまっているのだろうか…


そして再びその行為に没頭する。


次第に上昇していく体温。

氷だけが織り成すこの体が熱を持つなんて、理屈上ありえない。


けれどそんな理屈も素知らぬように、私の体の中心が確かな熱を帯びてきた。


「うぅん…あ、つい…」


首から下を覆っていた掛け布団を思い切り脇へ飛ばす。


すると雪女にとって灼熱にも値する蒸した空気が、その身体を攻めた。


「ん…ぅ」


しかしその手は止まらない。

自分の手とは思えないくらいいやらしく蠢き、柔らかな膨らみを滑る。


揉み上げるたびに上がる切ない嬌声。

時折その頂上にそびえる実をつまめば、つららの白い身体は敏感に跳ねた。


「ゃ…っ…、ぁあ…」


艶めかしく体をくねらせ、熱い吐息の間に想う彼の名をしきりに呼ぶ。


片手は膨らみを淫らに揉み続け、空いた片手を腹へ滑らせる。


その様子は酷く美しく、息を潜めるリクオの目を釘付けにした。


その白い手はさらに下へ滑り、やがて薄く繁茂した茂みへと差し掛かる。


茂みの奥に隠れた突起に指が触れた瞬間、つららは一際甘美な声を漏らした。


くちゅ…


淫猥な水音が、滑る指が秘部へ到達したことを知らせる。


徐々にその速度を上げていく、ガラス細工のような細い指。


時折、ぷっくりと充血した蕾を擦りあげる。

その度に少し開いた小さな口から甘い叫びを漏らすのだった。



暫くそんな光景が繰り返され、いよいよその喘ぎ様にも余裕がなくなってきた。



ぶるッ…―


一際大きくふるえたと思えば、全身の力が抜けたように力尽きた。


「はぁ…はぁ…っ」



行為から、荒い息を必死に整えようとするその様子まで―


何から何までがリクオを高ぶらせた。

ドクン―


我慢できない―



我を忘れて、気づいたときには彼女へ覆い被さっていた。


「…―えっ」


突然のことに目を大きく見開くつらら。


一瞬警戒の意を示したが、月光に照らされた相手の顔を確認すると、あっさりその警戒を解く。



「リク…オ様?」

「くくっ…一人でえらく盛り上がってんじゃねぇか」


情的に揺れるその紅い瞳に見つめられ、つららはその頬を再び染めてゆく。


「俺も楽しませてくれねぇかい」


耳元まで赤くなったつららの首筋に口を寄せ、低く囁く。


「えっ…う…」


その低く熱っぽい囁きは、彼女を芯から溶かし―

その体の中心に、再び女の熱を纏わせた。

再び訪れたむずがゆい感覚に、つららは太ももを擦り合わせる。


そんな様子を見てリクオは口角を上げた。


「ちょうどいい、まだ足りてねぇみたいじゃねぇか」


そう言って絡みつくようなねっとりとした口づけを与える。


「んっ……えっ、リクオ様?」


いやな予感に思わず後ずさる。


「お前のせいでますます寝付けなくなった」


半身を起こし後ずさろうとするつららを押し倒し、動けないように抑えつけた。


「やっ…だめぇ、リクオ様っ!」

「主の世話は、お前の役目だろう?」

「そっ…そうですけど…」

「ただでさえ熱くて寝れねぇんだ、朝まで付き合ってもらおうじゃねぇか…」


ギラリと光る紅い眼光。

つららは悟った。


ああ、自分は今日間違いなく溶けて消える…と。







― 朝


庭に干された布団から滴る雫は昼下がりまで止まらなかったという。

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