book2

□近似曲線
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「…」


場所はリクオの部屋。

一つの机を囲むは、リクオとつららとカナの三人。



なぜこのような状況になったかといえば―

つい数時間前のことだった。


「あ、リクオ君!」


その日最後の授業が終わり、片付けをしているリクオの元へカナが駆け寄ってきた。

「ん?何?カナちゃん」

「あのさ、今日一緒に勉強しない?」

「え、いいけど…どこでやるの?」

「ん〜…リクオ君ちじゃだめかな?」

「うちで!?」

「うん…無理かな」



別に無理ではない。

ただ…

リクオは家で騒ぐ妖怪達を思い出す。

目の前の彼女は怖い物が苦手だ。

そんな彼女をあの屋敷に…

前もって分かっていれば手の打ちようもあったものの、突然今日となると、やや危ない。

いや、彼女が怖がり以前の問題がある。

うちが妖怪屋敷なんて知られた日には…僕の人間らしい学校生活に支障が出る。

いや、でもつららに言って先にうちの方に知らせておいてもらえば…

あれ?

そういえば今日つらら見ないな。

あ…そうだ。

今日は緊急総会があるからその手伝いってつららは学校来てないんだった…

これで事前に知らせる術はなくなった。


「ねえ…リクオ君聞いてるの?」

「え?あ、ごめん!」

「で、いいの?だめなの?」

「あ〜…えーっと」

「数学、分からないところがあって教えてほしいのに…」


そう懇願するような目で見られては、"良い奴"のリクオが断れるはずもない。


「うーん…わかったよ」

「ほんと?ありがとリクオ君!」


リクオは後先考えずに了承したことを悔やまずにはいられなかった。




おそるおそる家の門をくぐると、いつもなら妖怪達が騒いでいるものだが今日はやけに静かだ。


庭先からも、屋敷からもその陽気な声は聞こえてこない。


「あ、リクオおかえりなさい。あら、今日はカナちゃんも一緒なのね」

「うんまぁ…」


若菜はリクオに駆け寄ると、カナには聞こえない声で囁いた。


「みんなは今総会で立て込んでるみたいだから、大丈夫よ」


よかった。

どうやら運のいいタイミングで帰ってきたらしい。


「わかった、ありがとう母さん」


そうと分かれば誰かと鉢合わせないうちにさっさと部屋に入ってしまおう。

リクオはカナの手を掴むと、足早に部屋へ駆け出した。







「あ!いけない…リクオ、今部屋につららちゃんが…」


そんな若菜の声には気づかず、リクオはすでに屋敷の奥に消えていた。






数分後、部屋に滑り込むようにして入ったリクオは、若菜の危惧した通り最悪の展開を迎えることとなった。


「えっ…!イエナガ…」


部屋に入ると、白い着物の彼女がびくりと驚く。

げっ…

リクオがやばいと思ったときには時すでに遅し。


「え…及川さん…?」

「あ、えーっと…あぁそうだ、つららも勉強会に呼んだんだよ!」


我ながら酷い言い訳だ。

せめてつららが人間の姿ならよかった。

こともあろうに着物姿。

さすがにこれをごまかすのは…


「え、あ、そうなんですよ!私も呼ばれまして!」


嘘が苦手な彼女に至っては汗をだらだら垂らし、ただでさえ苦しい言い訳の信憑性をさらに削っている。


「そ…そうなんだ…」


あれ?もしかして…信じてくれた?

いささか怪しいが、とりあえずは安心だ。

「ほら、二人ともぼーっとしてないで勉強しよっ!」


その件についてそれ以上触れられたくなくてカナを促した。









―冒頭に戻る



シンと静まり返った部屋。
誰一人としてしゃべらない。

突如遭遇した二人に至っては、なにやらただならぬ剣幕でペンを動かしている。


気まずい


この空気に耐えられなくなったリクオはとりあえず口を開く。


「あ、あの…二人とも?」


その呼びかけにいち早く反応したのはつららの方だった。

カナも視線をよこしたが、つららの言葉で開いた口を閉じた。


「はい、なんでしょうかリクオ君っ」


そうする彼女は先ほどまでの固い表情の面影すら残していなかった。


「あのさ…お腹すかない?僕お菓子でも持ってくるよ!」


本当はお腹などすいていない。

ただ、この気まずい空気から少しでも抜け出したかっただけで。

いつもならここで、つららが「いえ!私が持って参りますのでリクオ様は待っていてください!」などと言うだろう。


しかし今はカナがいる。

ここでつららがそれをやってはまずい。

というか先ほどのでだいぶ怪しまれていそうだが。



しかしさすがはつらら。

それはちゃんとわきまえているらしく、何か言いたそうに開きかけた口は閉じられた。





「はぁ…どうしたんだろ二人とも」


なんとかわずかな時間だが、逃れられた開放感。

それにしても二人の様子は明らかにおかしかった。

部屋で鉢合わせした時の二人の剣幕は、リクオが驚いてしまったくらいだ。

しかし今思えば学校でもあの二人はあんなかんじ…だったかもしれない。

リクオにはあの二人の間で繰り広げられている冷戦など、知る由もなかった。




茶菓子を持って再び自室の前に立つ。

またあの空気の中に身をおかなければならないと思うと酷く気が引けたが、まさか戻らないわけにもいくまい。


観念して障子に手をかけると、中から話し声が聞こえた。


「及川さんってさぁ…」

「はい?」

「リクオ君とどういう関係なの?」

「どういうって…お友達ですけど」


聞こえてきた会話は勉強など全く関係のない話だった。

しかもその中に自分の名を聞いて、無意識に息をひそめる。



「だって…今日ここにいたの、勉強会のためじゃなかったでしょ?」

「え?何を言ってるんですか?」

「さすがの私でも、分かる…」


まずい。

やっぱりあの言い訳は無理があったか…

リクオの背に一抹の戦慄が走る。


「いやですね、そうじゃなきゃなんで私がここにいるんですか?オホホ…」


つららはカナと話すときは至って冷静だが、さすがに動揺の色が見える。


「付き合ってる…んじゃないの?」


えぇぇぇぇ!

あやうくリクオは声に出して叫びそうになった。

付き合ってるとは、流れからして勿論僕とつららのことだろう。

しかし考えてみればそんな誤解が生まれても不思議じゃない。

そんな状況だ。

その解釈は普通の人間の彼女であれば至って普通。

主と側近だなんて思う方がたしかにおかしい。


このまずい状況をつららがどうごまかすか、気になってしかたがない。

障子にかけていた手を戻した。



「そ、そんなわけないじゃないですかっ!」

今まで落ち着きをはらっていた彼女からは一転。

明らかに動揺した様子のつらら。


「じゃあ…なんでいたの?」


この声の感じは、先ほどの言い訳が嘘だと確信している。間違いない。


「それはっ…」


これは非常にまずい状況だ。

主と側近なんて知られたら…

これからの学校生活に支障が…


いや、まてよ。

それよりも今カナちゃんは僕たちを恋人だと思いこんでいる。

この方が…"人間的"じゃないか?

中学生が主従関係を持っている方が明らかにおかしい。

ていうか絶対に引かれる。


それだったら、このまま恋人ってことにしておいたほうがいい気がしてきた。

学校でも付き合ってる人達結構いるし…

絶対その方が自然だ!



そうと決まれば早速実行しなければ。
つららがボロを出す前に。



ガラッ


「そ、そうなんだよカナちゃん!」


突然足音もなく開いた障子に、二人ともびくりと反応する。


「え、リクオくん、そうなんだよって…何が?」

「僕ら付き合ってるんだ!」

「え…えぇぇぇ!」


その驚きの声はカナだけじゃなかった。

見ればつららは口をぱくぱくさせて目を見開いている。

そして、その白い頬は次第に赤みを帯びていった。


「ね!そうだよね、つらら!」

「えっ…あの…」


顔を真っ赤にしてうろたえる側近。

せっかくまだバレてないんだ。

ここでつららにボロを出されては困る。


「ね!」

「は…はい…」


彼女はやっとのことでその一言を絞り出した。


「え…本当に付き合ってるの?」

「うん、黙っててごめんねカナちゃん」

「そ、そうなんだ」



やった。

これで僕の人間生活は保証される。

リクオは心の中でガッツポーズをした。


「あ、あの…ごめん。私用事思い出しちゃったから帰るね!」


カナはそう言って鞄をひっつかむと、一目散に駆けだしていってしまう。


「あれ?帰っちゃった」


でもよかった。

バレなくて…


そう安堵してつららの方を見る。


「危なかったね、つら―っ?」


見れば彼女は顔を真っ赤にして俯いている。

一体どうしたのだろうか。


「つらら?」


呼びかけると、彼女はびくりと飛び上がった。

「はっ、はい!」

「どうしたの?」

「あのっ、先ほどはなんであのようなことを…」


彼女はしどろもどろにそう言った。

ああ、もしかしてさっきのあれで恥ずかしがってるのかな。


「あ、ごめん。主と側近だってバレたら大変だろ?」

「へっ?」

「だから仕方なかったんだ、許してよ。これから学校ではそういうことにしといてくれるかな…いやだろうけどさ」


「え…、」

「大丈夫、話し合わせてくれるだけで良いから!」

「あの…若?もしかして、それだけで…?」


「え?だって側近だなんて知られたくないだろ?」


「…………もうっ……」


つららはすうっと息を吸い込んだ。


「…つらら?」


「…もう、若なんてしりませぇん!!」


そう叫ぶなり、彼女は部屋を出て行ってしまった。


「え!?ちょっ…つらら?」


リクオは慌ててその後を追って廊下を出るが、彼女の姿はもう彼方だった。


「な、なんだぁ…?」


リクオはわき目も振らずに駆けていく彼女の背中を、ただただ呆然と見ていることしかできなかった。




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