book2

□守り守られ
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「はっ…はぁっ…」


息を切らして駅のホームへ駆け下りる。


「若はもう行ってしまわれたかしら…」


だいぶ先に家を出た彼の姿を探しながら電車に乗り込んだ。


「きゃっ…!」


すると、そんな余裕もないくらい氾濫した川の如く勢いよく流されてしまう。

今日はいつにも増して酷い。


毛倡妓ではないが、何かの祭事と被ったのかと思うほどに。


指一本動かせない程詰め込まれたこの鉄箱の中。

そんな状況下で探し人など詮無きこと。

右へ左へ、前へ後ろへ、ドミノのように押し合いへし合い。


「若、大丈夫かしら…」


こんな時まで主の心配事とは、我ながら忠実な下僕だなと苦笑が漏れる。



その時。

耳元に違和感を感じた。
背後から生暖かい息のような物が…。


雪の体を持つつららだからこそ、余計にそれが気になってしまう。


これだけの満員電車だ。
多少の不自由は致し方ない。

そう諦めて、我慢することにする。



―しかし

一向に止むことを知らない…むしろ激しさを増していくそれに、さすがに気持ち悪さを覚えた。


この状況で体の位置をずらすことは不可能だ。


かろうじて首だけを後ろへ向ければ、そこには何食わぬ顔をした男がいるだけ。


やはり自分の思い過ごしか―

そして前を向き直ると、再びはぁはぁとかかる熱い吐息。


「ぁ…の…!」


いよいよ我慢ならなくなったつららは文句を言ってやろうと声を出す。


しかし、体がこれ以上ない程に八方から押しつぶされてうまく声が出なかった。


こんな経験自体初めてのつららはどうしたらいいのか困り果てるしかなかった。


そうしている間にも吹きかかる不快な風。


「―っ!」


大きな揺れに乗じて背後の体が強く押してくる。


仕方ない、満員なんだから―


すると、鞄を持つ手に生暖かい感触を覚えた。


押しつぶされたこの状況で、それを視認することこそできないが。


明らかに、何者かに手を握られている。


耳元にかかる吐息と共に―

「おとなしくしてろよ」


脅すような、低い声。
もちろん聞き覚えなどない。


「―っ、」


そうだ、確かこういうのって―

チカン



以前、同じ部活の鳥居が話していたことを思い出す。


それと分かると急に湧き上がる嫌悪感と殺意。



ここで凍らせてやっても、構わないのよ―

そんなつららの内心など知らず、その愚かな痴漢はさらに手を進めた。


―スカートをつかまれる感覚。


これはまずい。

戦慄が駆け抜ける。




「…?」


しかし、いつまで経ってもその手は動かない。

電車の揺れでわずかにできた隙間から掴まれたスカートを見下ろす。


そこにはたしかに、自分のスカートを掴む手が見えた。


しかし―

同時に、その腕をさらに掴むもう一つの腕が。


誰だか知らないが、どうやら助け舟らしい。

しばらくして、スカートを掴む手は引っ込んだ。



つららは心からその助けてくれた腕の主に感謝した。

せめてお礼が言いたくて、その人の顔を探す―


が、いつのまにやら到着していた目的地に再び押し流されてしまった。



「はぁ…もう、今日は散々だわ」


乱れた制服を正すと、主を探して学校へ駆け出した。


つららより少し前に出た彼はきっとまだ近くにいるだろう。
そう思ってその姿を探す。





結局、その姿を見つけたのは校門の前まで来てからだった。


「リクオ様―!」


探し求めた彼を見つけて、手を振りながら駆け寄る。


「だから学校でリクオ様はやめろって!」

「ごめんなさい!今日は支度に手間取ってしまって…」


早速、おろおろと遅れた言い訳をする。


「いいよ、っていうか結局追いついてるし…」


はぁはぁ、と肩で息をする彼女を見て、苦笑するリクオ。


「だって…若に何かあっては困りますから!」

「何かって…学校行くだけなんだから大袈裟だよ」


呆れたような仕草をする彼の言うとおり、周囲はいつもとなんら変わらない平穏な風景が広がっていた。


「何かあってからでは遅いです!」


キッと頼もしく眉を上げるつらら。


「そんなことより…今日電車大変だったろ?」

「え?はい…」


確かにあの混み様は異常だった。きっと彼はそのことを言っているのだろう。


しかしそこである疑問に行き当たった。


あれ、でも彼は自分よりもかなり早く行ったはずじゃ…


「僕のことばかりじゃなくて、自分のことも気にしてないとだめだよ?つらら」

「え?…え?」


彼が何について言及しているのか分からず首を傾げた。


「今日、近くでなんかのイベントやるらしいんだ」

「あ…そうだったんですね。だからあんなに混んで…」

「全く、だから一緒に行こうって言ったのに」

「だって、リクオ様が遅れてしまっては悪いので…」


そう言って、罰が悪そうに拗ねる。


「まぁ、何もなくてよかった。心配だったんだから」

「え?あ、…はいっ!」



一瞬先ほどの思い出したくない出来事を思い出してしまう。

彼にはできれば知られたくないことだ。


「あ!じゃあ私屋上で護衛してますから!またお昼に!」


「おい、そんなに走ったら転ぶぞ!」


少し慌てた様子で走り去っていくその背中に叫んだ。








「…僕がいなかったらどうなってたんだよ、その"護衛"は」


やれやれと教室に向かいながら呟いたソレは、彼女の知り得ない事―

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