book2

□始まりに近づく恋心
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「構わないけど・・・するなら少しくらい入れておいたほうがいいんじゃないの?」

「・・・雪、女?」

「今のアンタの顔、怖いわよ?そんな顔でするつもり?」

「・・・」


呆れる、と言ったほうがいいかもしれない。

幼子を窘めるように笑う彼女に、あぁそうかとぬらりひょんは笑った。

気づいていないのだ、彼女は。

自分の、この想いに。


「まぁアンタがいいならそれでもいいけど・・・」


行くなと言えば毎夜の酌と思い込み。

縋れば夜伽と疑わない。


「・・・ぬらりひょん?」


けれど、そうさせたのは紛れも無い自分。

己自身なのだ。


「ね?少しでも呑めば幾分かは気分も変わるでしょ」

「・・・」


諭さねばならない。

その場の空気で一夜を楽しむ名も知らぬ女と違わずと、自負してしまっているこの彼女に―――。


「雪麗」


ぬらりひょんは囁いた。

そしてその細く脆い身体をしっかりと腕の中に収める。


「ぬらりひょん?」

「・・・ワシは、お前を余所にやる気はないぞ」

「・・・は?」

「ずっとワシの側にいろ」

「ッ・・・、アタシに一生独り身でいろって言うの!?」

「雪麗」

「第一、跡継ぎだって―――」


彼女はいつだって。

そうやって二人きりの空間をものともせず、組を―――主を優先させてきたから。


「違う。聞け、雪麗」

「な、なによッ」


冷たい頬を無理矢理にこちらへと向かせる。


「そういう意味ではない。確かにワシはお前以外の者を側近にするつもりは毛頭ない、それはこの先も変わらずじゃ。だが今の言葉は違うぞ、雪麗。お前は側近としてじゃなく、一人の女としてワシの側に―――」

「え?え?・・・え?」


ぬらりひょんの言葉に、雪麗は瞳を目一杯に見開いた。


「ちょ、アンタ・・・それがどういう意味か分かって―――」

「あぁ、当たり前じゃ」

「当たり前って・・・」


口をぱくぱくとさせる雪麗に、彼女の主は口端をニヤリと上げる。


「なぁ?雪麗」

「ッ、!・・・な、なによ急に!普段なら頼んだって口吸いすらしてくれないくせにッ!」

「ワシだって命は惜しい」

「ふ、ふざけないでッ!アンタ、冗談でも言って良いいことと悪いことが―――」

「冗談?」


ぬらりひょんは雪麗の手首を掴んだ。

そしてそのままぐいっと身体を引き寄せる。


「ワシは本気じゃ」

「ッ、―――!!」


言葉を失い、顔を真っ赤にわなわなと震え出した雪麗は刹那、勢いよく立ち上がった。


「雪麗?」

「ちょッ、と・・・待ってよ・・・、いきなり・・・そんな、こと―――か、考えさせてよ!!!」


言うなり、バンッ!と甲高い音をたて主の部屋を飛び出した雪麗は脱兎の如く駆け出した。

ドタバタと凄まじい音が鳴り響く中、暫く唖然とその姿を見送っていたぬらりひょんは、やがて堪えきれないようにくつくつと笑い出す。


「あれには敵わぬな」


常日頃から口吸い口吸いと雪女の性よろしく笑みさえ携え妖艶に請うかと思えば、時にこうして生娘のような初々しささえ見せる。

そして気づかされた恋心は途端に彼の胸を熱くするから、ぬらりひょんは渇きを覚えてゆっくりと腰をあげた。

なんだかんだ言いながら、しっかりと燗を手に主の部屋へと向かってくる彼女に出会うまで、あと僅か―――。








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