novel (short : others)
□chocolate
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シンは七緒の肩を引き寄せ抱きしめた。
「きゃっ…」
力強く抱きしめた腕の中で、必死に抗う七緒を感じながら、何故こいつはナギのものになっちまったんだろうかと、どうにもならない想いを持て余し溜息がもれるのだ。
まわしていた腕の力を少し弱め、片方の手で彼女の顎を掴み、唇を重ねると同時に舌が隙間を割って入り、深く口づけた。
「……んっ…んん……いや…」
逃れようとしながら漏れる吐息と潤んだ瞳は、シンの身体に熱を帯びさせるには充分であった。
こんな顔をナギに見せているのか…
そう思うと、シンの中で嫉妬の感情さえ芽生えるほどだ。
七緒の抵抗は激しさを増し、顔を左右に振り解くようにシンの熱からようやく逃れた時には、戸惑いと恐怖の色さえ浮かべており、その瞳は(何故こんなこと?)と明らかに訴えていた。
「…ナギしか受け入れないのか」
そう尋ねながら、ここいらで止めておかないと取り返しがつかないことになることも、気づいていた。
「…シンさん、以前に冗談だって言ったじゃないですかっ、それをまた」
「冗談だ」
「…えっ」
空かさずきっぱりと言い切るシンに、七緒は口を開けっぱなしで驚き、怒りと呆れかえる思いが入り混ざった表情になっている。
「俺はナギのような物好きとは違う……だが…」
その時、ドアが開き、ハヤテがふらっと入ってきたことにより、シンの言葉はそこで途切れてしまうのだ。
「シン、昼飯行っていいぞ。その間、交替にきてやったぜ〜」
ハヤテはそこで、七緒の存在に気づいたのだ。
「…あれ、お前何やってんだ?」
「……」
シンと七緒の間には何とも言えないムードが漂っており、訳も分からず、ハヤテは焦ってしまうのだ。
「…お、お前も昼飯まだなんだろ?食って…くれば…?」
七緒は、ハヤテの言葉にハッと我に返ったようになり、ハヤテをキツく睨み返した。
「言われなくても行きますっ」
七緒はシンに向けるはずの怒りを、替わりにハヤテにぶつけると、航海室を出て行った。
とばっちりを受けたハヤテは、七緒の剣幕に驚きながらシンに視線を向けた。
「…何だよ、一体……シン、ま〜たヒドいことでも言ったのか?」
「……別に」
それから、シンがいつもと変わらない落ち着きで、ハヤテに双眼鏡を手渡すと、ハヤテの気は既に海原に向いており、早々、双眼鏡を目にあてがった。
俺は、七緒に、あの先、何と言葉を続けるつもりだったのだろう。
一人の女が自分のものにならなくて、柄にもなく余裕を失いかけた自分がいる。
あんな小娘のどこが…
シンは、否定しようとして、思い留めた。
『俺はナギのような物好きとは違う……だが…』
…だが……お前が気になって仕方がないのも事実だ。
冗談で、あんな抱きしめ方ができるか…
机の引き出しを開けると、深紅のリボンが結ばれた黒い小箱から微かに甘い香りが漂ってくる。
以前、寄港した町で買ったチョコレートだ。
これはきっと開かれないまま、この引き出しの中で眠り続けることになるのだろう。
俺は何をやってるんだ…
シンは自分自身を皮肉りながら、引き出しをそっと閉めた。
ハヤテが割り込んできたことは幸いだったのかもしれないと思いながら…
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