novel (short : others)

□儚き紳士
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「…そうか、ナギが短剣の使い方を教えてくれないことで喧嘩になっちまったのか…」

「…はい……」

「…お前は何故、教えてもらえないと思う?…」

リュウガは沈んでいる七緒にそう問いかけながら、酒を運んで来た女性と目が合うと親しげに微笑んだ。

「一緒に出かけるぞ」と、七緒がリュウガに突然連れられやってきた所は酒場であった。

この店の女性達は皆、胸の膨らみが半分はみ出るような襟の開いたドレス姿であり、丸みを帯びた腰を左右に大きく振りながらテーブルへと酒を運んで来る姿に、七緒は圧倒されていた。

「はい、ラム酒のお代わりよ」

ブルネットの髪が美しく巻かれた女性は、グラスをリュウガの前へ置くと、しっとりとした眼差しで見つめた。

「よう、リサ。相変わらず美しいな」

「随分、久し振りだわね。もう忘れられたかと思ったわ」

リサはリュウガの頬を真っ赤な爪の指先で撫でながら、甘えた声音で恨み言を言う。

「フッ…俺がお前を忘れたことなどあるか?」

リュウガは頬に触れるリサの手を掴むと、手の甲にそっと口づけたのだ。

「…!…」

この町に来た時は必ず寄る店だと、店に入る前にリュウガが話していたことを、目の前の光景を見せつけられながら、七緒は思い出していた。

リサという女性は、目の端を黒いラインで流し、切れ長の形に描き妖艶な雰囲気を漂わせていた。

深いブルーの瞳は薄暗い店の中で黒みを帯びた輝きを放ち、くるりと上向きの長い睫毛がゆっくりと上下する度に、その宝石を出し惜しみするかのように覆った。

ドレスの開かれた襟からは、豊かな胸が女の最大の武器のようにアピールしていた。

…なんて綺麗なヒトなんだろう…



七緒は自分のグラスの氷を、タンブラーでくるくるとかき混ぜながら見惚れていた。

グラスからはグレープフルーツとジンジャーの香りが漂ってくる。

「このコには度数の弱めなカクテルでも作ってやってくれ」最初の注文の時に、リュウガがバーテンダーにそう告げて作ってもらった半分ジュースのような酒である。

七緒は、自分も今夜は同じドレス姿であるのに、リサと比べて自分が何とも子供っぽく、女性としての魅力がひどく欠落しているように思えた。

それでも、毎晩のように求めてくるナギは、一体、私の何処に魅力を感じているのだろうか。

「まだ武器を持つ資格もねーだろ」と短剣を身につけることを反対するところからして、私をとても子供扱いしているではないか。



「分かった。分かった。一曲だけだぞ…」

ぼーっと考え込んでいた七緒に、目の前の二人の会話が飛び込んできた。

どうやらリサがずっとご無沙汰だった罰としてダンスをねだったらしく、リュウガはそれで勘弁してもらえるならと渋々、承諾したようだ。

「七緒、悪いな。ちょっと待っていろよ」

「あ、はい、私は大丈夫です」

エスコートしてきた女性を独りぼっちにさせるということは、どうやら女遊びに長けたリュウガの流儀に反するようで、リュウガは済まなそうな顔でウィンクをし、「直ぐ戻るからな」と小声で伝えて席を立って行った。

ムードのある曲が流れると店内が一段と暗くなり、中央のフロアにだけキラキラとした照明がアップされた。抱き合い踊る数組のカップルの中にリュウガがいた。

豪快でガサツな姿ばかりを見ていた七緒は、優雅に女性をリードし踊る紳士な姿のリュウガに、また船長の器が広がって見えた。





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