novel (short : others)

□THE SUCCESSOR
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「オヤジ、もう一杯くれ…」

男は、ショットグラスをカウンターに置くと、窓に打ち付ける雨を恨めしそうに見ていた。

数日前から現れるようになったこの客は、いつも一人でやってきて、入り口近くのカウンターに腰掛ける。

決まってドライフィノという辛口のシェリー酒を頼み、酔うわけでもなく何かを思いながら、一人深い淵で飲んでいるという風に見えた。

こんな所で毎日、客を観ていると、酒を煽る男の背中にはその生き様が映し出されるから不思議である。

腰に下げた長く重そうな二本の長剣は、まるで身体の一部のようであり、動きの妨げになっていないところをみると、剣は決して伊達ではなく、男の人生の中で何度も必要とされてきたものなのだろうと想像された。

こんなにも一人の客が気になり見入ってしまうのは初めてのことであり、ルナはそんな自分に驚きながらも、心の中で、Mr.フィノと名づけたりして、密かに楽しんでいたのだ。

「ルナ、この酒を奥のテーブルへ運んでくれ」

ぼーっと見つめていた彼女は、店の主人に言われて我に返った。

丸いテーブル席でポーカーをしていた二人組みの男達がいた。

「…ストレートフラッシュだ。俺の勝ちだな。ありがとよ、ダグ」

髭面の男がカードを見せると、向かい側のダグと呼ばれる厳つい男は「くそっ」とブーツで木の床をドンと踏みつけた。

「約束だからな…」

勝った方の男は、テーブルの上の金貨をかき集め、逆さにした自分の帽子の中に納めると「じゃあな」と目的の金稼ぎが済めば用はないとばかりにさっさと出て行った。

こうして、行く町々で賭けを挑んでは稼ぐということを繰り返し、旅を続けている男なのだろう。但し、その腕については玄人なのか、いかさま師なのかは定かではない。今夜カモにされたのがダグであることだけは事実であった。

ダグは、立ち去る男を恨めしげに見ながら舌打ちをつくと、隣のテーブルに酒を運びに横を通るルナと眼が合った。

ダグの瞳の奥で一瞬ぎらついた光が過ぎったのが見え、ルナは嫌な予感がして警戒した途端、いきなり腕を掴まれ、持っていた酒のグラスを床に落としてしまったのだ。

ガラスが四方に飛び散り、酒が朽ちかけた木の床に染み込んで行く。

「なぁ、今夜、俺とどうだ?」

「…女を買いたいなら、店を間違っているわよ!ここはお酒しか売らないんだからっ」

酔っ払った客に誘われることはよくあることで、彼女は、いつものように、しつこい客をあしらい、やり過ごそうとした。

「こんな場末の飲み屋で働いているくせに、何お高く留まっていやがる。金は払ってやるよ。賭けで全部すっちまった訳じゃねーからな」

「私は娼婦じゃないわ!その汚い手を放して」

「何だと…」

ダグは立ち上がり、掴んだ腕を引き寄せると、もう片方の腕を腰に回してきたのだ。

「は、放してよっ」

ルナは店の主人に救いを求めるように見るが、気の弱い店主は目を合わせようともしてくれない。

「いいじゃねーか、今夜、楽しませてくれよ。お前、好みだぜ」

酒臭い息が鼻先にかかり、抵抗する身体を押さえ込むように、毛むくじゃらの腕が更に胴に食い込んできて、吐き気がするほど気持ちが悪い。

「…残念だが、彼女の好みではないようだぜ。諦めるしかないんじゃねーか?」

カウンターで静かに飲んでいた男が、グラスの残りを一気に空けてから、ゆっくりと立ち上がり振り返った。

ああ、Mr.フィノだ!とルナの胸がドクンと大きく音を立てた。

「何だお前、関係ねーやつは引っ込んでろ」

「そうしたいのは山々なんだが、救いを求めている女を見て見ぬふりができるようなタチじゃないんでな」

「格好つけやがって…」

ダグは彼女を雑に放ると、カウンターの男に向かい剣を抜いてから、皆にひけらかすように声を張り上げた。

「いいかー、俺は海賊王とも剣を交えたことのある男だぞ。お前のように飾りで腰に剣をぶら下げているような男など、相手にもならねーんだが、それでも、どうしてもやるってなら相手になってやってもいいぞ…」

海賊王という名が飛び出すと、店にいた他の客たちの中から、おおっ…とどよめきの声が漏れ、ダグは、これで相手も怖じ気づくだろうと、したり顔で男を見たが、目の前の男はたじろぐ気配も見せずに、先程より更に強く見返してきたのだ。

「…ほう、海賊王か」







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