novel (short : others)

□chocolate
1ページ/2ページ



「よくここへ来る許可をもらえたな…」

七緒がやって来たことにシンは驚きの様子を浮かべた。

航海室の書物の片付けを手伝えと、朝食の席で半ば命じられるように頼まれた七緒は、シンのそんな言葉の意味がつかめず首を傾げた。

「どうしてですか?シンさんが手伝えって呼んだんじゃないですか」

ナギと七緒のお互いの想いが通じ合い、晴れて結ばれたのは少し前のことである。

皆の前では、今までと何も変わらぬ態度を装っても、二人のふとした視線の重なりや僅かな表情で、互いが親密になったことを、シンの鋭い洞察力は見逃さないのだ。


特に七緒は、気持ちと表情が直結している女であるから、知られぬようにするなどという誤魔化しは、ナギほど自然にできるはずがないのである。

だが、そんなナギも、今朝、シンが七緒に手伝いを依頼した時、口に運ぶフォークの手が一瞬だけ固まり、皿に目を落としたままで、眉間に皺が寄ったことを、シンは見逃しはしなかった。

ナギは、七緒にちょっかいを出し続けているシンをずっと気にしていたのだから、恋人がそんな男と航海室で二人きりになることを当然心配するはずであるとシンは読んでいたのだ。

自分であったら、愛する女を横恋慕しそうな男の所へ行かせるだろうか…
一瞬、自分の身に置き換えてから、シンは否定した。

有り得ない。

ナギはそれほどまでに七緒との愛が揺るぎないものだという余裕があるのだろうか?

シンにはそう思え面白くない。

「…まぁいい」

シンはそう言うと、床に山盛りに積まれた資料をに目をむけた。

「これを、古い順に整理しろ」

その半端ない量に七緒は目を丸くさせながらも、「…は…い」と頷いた。

七緒が黙々と資料を整理し始めてから数時間が経っており、シンは進行方向に向けた双眼鏡から、時折、目を離しては作業をする七緒を見つめた。

「…どうだ、大変か?」

「…そりゃあ、この量ですから…でも、夕方までには何とか片付くかもしれませんね」

七緒が、資料を重ねながら振り返り答えると、シンは微かに目を細め、いつも以上に冷たい視線を向けていることに気づいた。

「…それでは遅いですか?」

普段、遅い!ドンくさい!とシンから罵倒され慣れているので、またいつものように急かされると覚悟をしていた七緒は窺うように見た。

「誰が仕事の捗り具合を答えろと言った…」

「……それじゃあ、何のこと…?」

何について尋ねられているのか考えを廻らせていると、シンが近づいてきたので、七緒はゆっくりと立ち上がった。

それから、シンの手が無言のまま伸び、突然、彼女の襟元を開くように捲ったので、七緒は咄嗟にその手を払い除けた。

「な、何のマネですか」

「なんだ、今日は付けられてないのか?……この間はしっかりと付いていたろう…赤い痕が」

自分の首を指でトントンと示しながら薄笑いを浮かべるシンに、七緒は頬を赤らめ眼を逸らした。

「…普段、口数が少ない、ああいう奴ほど夜は激しいものだからなぁ……お前はついていけてるのか?」

恋人同士になれたことを、ナギは公表するつもりもないが隠すつもりもないと言った。ただ、船で保たれてきた均整を乱すことだけは避けたいからと、七緒には今までと変わらずに普通にしていろと命じていた。

シンが直接的な物言いをするのはいつものことではあるが、ナギとの関係を深めた現在、そのことを突かれることは、堪らなく恥ずかしく感じてしまうのだ。

「……そんな話は止めて下さい」

今更、何を照れているとシンはフンと鼻であしらった。

「お前に教えておくことがある…船内の壁は、そう厚くはない。夜中は声がかなり響くんだぞ…」

カーッと頬の熱りを益々上げ、シンを見ることも出来ずに困った表情の七緒は苛めがいがあり、そして、何より可愛らしかった。

そんな彼女を前にしていると、シンの中に抑えていたものが、暴れだし始めていることを、どうにも止められなくなってくるのだ。






次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ