novel(short : nagi)
□journey
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必要なものは盗んで手に入れるもの。
欲しいものは力付くで奪えばいい。
それが育った世界のバイブルであり、それ以外のものなど無かった。
市場を通ると、店頭に並べられた果物の甘酸っぱい香りが鼻を擽る。
ナギは当たり前のように青いリンゴをひとつ掴むと服で軽く擦り、かじりつきながら歩いた。
酸味が口いっぱいに広がり、みずみずしさが喉を潤した。
空腹の臓器が途端に活発に動き出すのを感じたナギは、前回、食べ物を口に入れたのは何時であっただろうかと、ふと思った。
森を離れて以来、料理を作ってきちんと食事を取ることは出来ていない。山賊時代は、山の豊富な食材で、長老直伝の料理を仲間にふるまっていたナギだ。
『食を疎かにするな。細い食事をするとな、お前の人となりの器もやせ細っちまうんだぞ』
何度も長老に教えられた言葉は未だに胸に語りかけてくる。
「コラッ!チンピラ!食うなら金を払えっ」
背後から罵声を浴びて振り返ると、ナギの目つきがあまりに鋭かったのか、店の主人は途端に怯んで小声でブツブツと言うだけで諦めてしまった。
それほど風貌が町人とは違うのか、それとも、店主は貼り紙の伝説の山賊の顔を覚えていて怖じ気づいたのか…
今の俺は周りから一体どんな風に見えているのだろう。
『ナギよ、随分とちっぽけなヤローになっちまったな。えらく格好悪いぞぉ…』
長老がいたら、情けないと嘆いたであろう。
…俺は結局、森を出て何をしているんだ…
追われる身となり逃亡生活に身を落としたまま過ごすのか、自分を陥れた元の仲間に復讐をするつもりなのか?
俺は、こんな運命を呆然と哀れんでいるだけではないか…
何やってんだ…
ふと立ち止まり、地面に立つ足元を見つめた。
俺は何処に向かうつもりだ…?
「キャー、危ないっ」
通行人の悲鳴にハッと我に返ったナギが通りに目をやると、猛スピードで走らせた馬車が突っ込んでくるところであった。
目の前には立ち竦む小さな少年がいた。
…っ!!…
「どけろっ」
気がつけば、体が勝手に通りに飛び込んでいた。そして、ナギは少年を抱えたまま通りの隅に転がった。
貴族を乗せた馬車は、そんな事には気にも止めずに、車輪を軋ませながら走り去る。
ナギは舌打ちをして埃を払い落としながら立ち上がると、やはり立ち上がった少年がこちらを震えながら見上げていた。
……
年の頃なら十歳くらいの見知らぬ少年の臆病な瞳に、懐かしさを感じてしまうのは何故だろう。
「お前、馬鹿かっ!道の真ん中に突っ立ってねーで逃げろ。死んじまうぞっ」
「……」
ひき殺されそうになった恐怖が今になり襲ってくる少年は、脚がガクガクと震えている。
怒鳴りつけ注意をしたナギは、そんな少年をその場に残し、立ち去ろうとした。
「お…お兄ちゃん、ありがとう」
「…あ?」
礼を言われる事になど不慣れなナギは、ようやく声を発した少年を驚き見返した。
ありがとう…って?
その言葉にどんな返しをしていいのか分からないのだ。
ナギは無言のまま再び歩き出すと、少年が後を追ってきた。
「…」
ある程度の間隔を開けてしつこく着いてくる少年に、最初は無視を決め込んでいたナギもとうとう立ち止まり振り返った。
「何だ…何の真似だ」
「…あの……これ」
少年は怖ず怖ずと手に持っていた紙袋を差し出した。
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