novel(short : nagi)
□眠れぬ夜
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緩やかな海域へ入り、シリウス号は揺りかごでそっとあやされるように、深夜の大海原にプカプカと浮いていた。
ナギは甲板に腰を下ろし、ラッパ飲みをしたラム酒の瓶を脇に置きながら、手の甲で口を拭った。
こんな真夜中に甲板で酒を飲んでいる姿を、不寝番であるハヤテに見つけられたら、きっと『一人で酒飲んでズルいぞ』だの『船長に怒られでもしたのか?』だの見当違いな詮索ばかりされて堪らないだろう。
だが、こうして何も起こらず静かな様子をみると、大方、あいつは睡魔に襲われ見張り台にいる役目を果たしてないに違いない。
危険な条件が揃わないこんな穏やかな夜の不寝番の時は、睡魔と闘わなければならなくなることを、同じく何度も経験しているナギには分かる。
それでも普段なら直ちに起こし注意を与えるところを、ナギは敢えてしないことに決めた。
今少しの間だけ起こさずに、静かな時間を、邪魔されずに過ごさせてもらおうと思ったからだ。
代わりに自分が見張ってやれば良い。
そう決め込んで天を見上げると、南十字星が夜空を飾っており、いつぞやの夜、『美しい星ですね…』と、七緒がうっとりと見つめていた姿がふと浮かび、ナギの胸がぎゅっと締め付けられた。
今夜、眠れぬ夜を過ごす原因となった相手…
七緒が自分と相部屋になってから、ナギは何度かこうした夜を過ごすようになった。
最初は本当にガキにしか見えなかった彼女が、男性をしっかりと魅了するほどに成長している女性なのだと認識するまでには、さほど時間はかからなかった。
今夜、七緒はナギの胸に顔を埋めて泣いた。
彼女の気持ちに気づいたのは何時からだったか。
俺が自分の気持ちを確信した時からだろうか。
今夜、好き…と告げたかったに違いない彼女に何も伝えるな、などと酷いことを言ってしまった。
大人になりかけの少女が何故、よりによって海賊などを好きにならなければならない?
もっと普通の幸せな暮らしが七緒にはあるはずなのだ。
涙で潤んだ墨色の瞳はきらきらと硝子玉のようで、それが哀しげに光り、治まらない想いをぶつけてくる。
その真っ直ぐな気持ちは、こちらの誤魔化しさえも射抜いてくる強さであり、ナギは言葉の代わりに七緒を強く抱き締め応えた。
彼女の純粋さを丸ごと受けとめる自信が俺にはないのに…
拒否するフリをしながら、自分の想いを伝えてしまったのだ。
傷つけてしまうと知りながら抑えきれなかった。
俺はズルい奴だな…
ラム酒を一口飲み、熱い息を吐き出しながら再び天を仰ぐと、湿り気を含んだ夜風が吹き抜けた。
そして、先程、鼻腔を伝った彼女の髪の香りが蘇り身体を火照らせる。
俺は七緒を愛している。
彼女には決して告げるつもりのない熱い想いは、見上げた先の煌めく星にそっと告げられた。
・2011.10.27