novel(short : nagi)
□babysitter
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寄港して二日目の晩のこと。この町に夜開く移動遊園地が来ていると知ったハヤテとトワと七緒の、所謂、シリウス団のガキ三人組は、大はしゃぎである。
そんな様子を尻目に見ていたシンに、七緒が明るく声をかけ誘ってきたので、面倒そうにあしらった。
「俺がそんな所へ行くと思うか…」
衣服を正し、まさに夜の町に向かおうとする矢先であった。
「…でも、シンさんも偶にはお酒ではなくて、健全な所で楽しく過ごすのもいいかと…」
「健全…?」
はっ、笑わせやがる…
その言葉がシンを煽ったのである。
「ナギに色んなことされてるお前が言うなっ。それとも…アイツから俺に乗り返るか?それなら考えてもいいぞ」
七緒がこういう冷やかしを嫌い、直ぐに怒り出すのを承知で、顔色が変化するのを面白そうに観察するシンである。
「…何でそういう事になるんですかっ。もういいですっ」
ナギは現在、この町で、船長の古くからの知り合いが開いているレストランに、手伝いに行っていた。
昨日、船長の知り合いの店で昼食を取ることにした皆が店に寄ると、店主は挨拶もそこそこに困り顔で、船長に相談を持ちかけてきたのだ。
店のシェフが腕を怪我してしまい、週末に領主の娘の結婚式の料理を任されていたのに人手が足りずに準備に遅れて困り果てていると言うのだ。
「ナギ、準備が間に合うまで手伝ってやれ」
船長にそう言われたナギは、「俺でよければ協力します」と応え、そのまま店に残り、昨夜は宿泊しているホテルに戻っても来なかった。
七緒はナギが居ないと途端に心細げな様子を浮かべるコで、ナギだけを残し皆が店を後にする時もそうであった。
「ナギ…」
「残りの買い出しはハヤテとトワが手伝ってくれるから大丈夫だ」
彼女の頭に軽く手を乗せ見下ろすナギの瞳は、普段のナギを知っている奴なら信じられんと、噴きたくなるほど柔らかく優しさに満ちている。
こんなガキ一人にこうも骨抜きにされやがって…
店の出口で、こんな光景を見せつけられたシンは、愛し合う恋人達などクソ食らえという冷めた眼で見据えている。
「ほんの数日だ。心配すんな…」
ナギが身体を屈めて彼女の頬に軽いキスをして見送ると、ようやくシンも足止めを解かれたのだ。
既に皆店から出た後だと勘違いしていたナギは、透かして通り過ぎて行くシンに気づくと、見られていたことを観念し、ばつが悪そうな顔をしながら声をかけた。
「シン、俺が居ない間、アイツを頼む」
「…ガキの心配も厄介だな」
シンは皮肉たっぷりな笑みで振り返った。
「…シン…アイツは本当に危なっかしいんだ。頼んだぞ」
「…俺でいいのか?」
「ああ、お前だから頼んでいるんだ」
嘘だろ?俺なら決して頼まないがな…そんな思いは真っ直ぐに見つめてくるナギの強い眼差しに圧されて引っ込んだ。
七緒を危険から守る為なら、この際、普段は近づけたくない俺でも頼りにするというワケか…
ハヤテとトワに挟まれるようにして遊園地へと向かう七緒の後ろ姿を眺めながら、シンはナギとの昨日のやりとりを思い浮かべたのだった。
ナギ…お前の心配でたまらない姫は、ボディガード二人を従えて遊びに出掛けて行くぞ。
という訳で、今夜、俺の出番は必要ないだろう…
シンは独りごちながら、三人とは反対の、酒場街の方向へと消えていった。
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