novel(short : nagi)
□怪鳥の島
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その後、怪鳥はヒナをそっと脚の爪で包むように掴むと、船を飛び立って行ったのだ。
七緒は腹部を押さえたことから、蹴られた経緯を詳しく聴かれ、今は大事をとってベッドに休まされていた。
「すいません。僕がもう少し気をつけていれば」
必死に謝るトワを七緒は困り顔で止めた。
「トワ君は何も悪くないのよ。謝らないで」
「いえ、留守中の船の責任は全て僕にありますから」
トワは思った以上に責任を感じており、深刻な顔をしていた。
「それなら、トワ君は一生懸命、責任を果たしていたわ。ピヨちゃんを救い世話をしたから、あんなに懐いてくれて、きっと親鳥もそれが分かったからおとなしくヒナを連れて戻って行ったのよ。トワ君のお陰だわ」
「そうだな…気性の荒いヒナをあれだけ懐かせられるのは、トワじゃなきゃ無理だろうな」
「船長」
リュウガが部屋へやってきたのを見て、七緒がベッドから身体を起こした。
「トワ、ご苦労だったな。お前に留守を頼んでよかった」
「せ、船長…ありがとうございます」
誉められたトワが感激して頭を下げ、それに対してリュウガは黙って頷いてから、七緒に顔を向けた。
「七緒、大丈夫か?」
「はい。ソウシさんも念のために今日だけは安静にしているようにとのことでしたので。お腹の子が驚いていつもより元気に動いただけみたい」
「ん?そうなのか?なら、俺にも触らせてくれ」
「はい、どうぞ」
七緒は毛布を捲りリュウガの方にお腹を向けた。
リュウガがそっと触れてみると、確かに皮膚の奥からムクムクと何かが動く感触が伝わってくる。
「おお、元気だな」
その初めての感触にリュウガはしばらく楽しんでいた。
「赤ん坊が生まれたら祝いに今日手に入れた金(きん)で何か作らせることにしよう」
ナギとハヤテは怪鳥の爪で背中が傷ついており、ナギは医務室で治療を終えてから部屋へ戻ってきた。
ところが、部屋に入った途端、リュウガが七緒の腹をさすっている光景が飛び込んできて、ナギの顔が険しい表情に一変した。
「おいっ」
「あ、ナギ、背中の傷は大丈…」
「何で起き上がってんだっ、寝てなきゃ駄目だってドクターにも言われただろう」
リュウガから七緒を離してベッドに横にならせたナギの勢いに、リュウガは可笑しくて笑いだすのだった。
「フッ、未だ箱に入れてしまっておきたいって感じだな」
「…いや、腹の子に何かあったら困るし、ドクターも安静にと言ってたんで」
「…そうだな。ま、お前も背中の傷が大事に至らなくてよかったな」
リュウガは態とナギの背中をバシッと叩いた。
「イッて…」
「ハッハッハ……じゃあな、七緒、大事にしろよ。トワ、行くぞ」
リュウガは笑いながらトワを連れて部屋を後にした。
人のモノになった七緒に相変わらずの遠慮ない振る舞いや、それを当然、面白く思わないこちらの気持ちを見抜いていながら敢えて仕掛ける悪ふざけにも、正直、苛々させられるナギだ。
チッ…と舌打ちをし七緒に向き直ると、彼女が自分を心配そうに見つめていることに気づいた。
「…何だ?」
「ナギこそ、大丈夫なの?空から海に落ちてきた時は本当に驚いたわ!背中に傷もあるし」
ナギはベッドの端に腰かけて、七緒の腹に毛布越しに手で触れた。
「ああ…お前こそ、無理すんな。腹を蹴られたって聞いた時、正直、寿命が縮まった」
そして、ナギはお腹に向かって呟いた。
「お前もパパの手にさすられないと嫌だよな?他の男の手じゃ駄目だろ」
この頃では、七緒のお腹を撫でながら「お前はいつ産まれてくるんだ?待ってるんだぞ」と話しかけることがナギの日課になっていたのだ。
お腹の子にそんなことを告げるナギが愛しくて、七緒はクスクスと小さく笑った。
「やきもちやいてる…」
「アホ!」
ナギは身体を倒してそっと七緒に口づけた。
何度となく味わった柔らかな唇なのに、触れた途端に身体の奥まで熱が伝わり疼いてしまう。
名残惜しく放れると、七緒の潤んだ瞳も同じ想いだと告げていた。
「誘うんじゃねーよ」
「え…?」
安静を命じられた彼女にこれ以上、触れるわけにはいかない。
七緒の頭を撫でたナギは、フッと残念な笑みを浮かべ立ち上がった。
「明日の仕込みをしてくるから、おとなしく寝てろよ」
ナギはそっと部屋を出て行った。
俺はやきもちやきなのだろうか…と呟きながら…
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