novel(short : nagi)

□優しさは眉間のシワに隠れている
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夢を見ていた…



ヤマトの夏。

陽が落ちかけた林の中には、ひぐらしがあちらこちらで鳴き始める。

家から近いこの場所は、小さな頃からの私の遊び場であり、つらい時に私を復活させてくれる場所でもあった。

木の下で膝を抱えてじっとしていると、木漏れ日が魔法をかけて私を元気にしてくれると、幼い私は信じていたのだ。

「もう帰るわよ」

虫取りをしていたまだ幼い弟を連れた帰り道。

「…どうして僕たちの家にはお父さんがいないのかな」

弟がぽつりと呟いた。
弟は父の顔を知らない。私たちの父親は、弟が生まれる少し前から帰ってこなくなった。

「…きっと、私も草太もお母さんだけでも元気に育つって神様が思ったからだよ」

夕日を背に浴びて、二人の伸びた影を見つめながらの帰路は、何だか淋しくてたまらなかった。

「草太、今夜は何食べたい?好きなものをお姉ちゃんが作ってあげるよ」

母の仕事の帰りが遅い時は、私が夕飯を作る。

「本当?唐揚げが食べたい!」

「よしっ、唐揚げを作るわね」

「お姉ちゃん、作れるの?」

「うーん、お母さんが作るの見ていたから、きっと大丈夫だよ」

ワーイ、唐揚げ!唐揚げ!

はしゃぐ弟に合わせて私も、唐揚げを連呼して歩いた。





「…七緒……おい、起きろって」

揺り起こされて薄目を開けると、オレンジ色の夕陽が甲板を照らし、そして目の前にはハヤテさんが立っていた。

「えっと、私…」

トワ君と洗濯物を干して甲板にブラシをかけて…それから、それが済んだら厨房で鍋を磨けって、ナギさんに頼まれていたんだっけ…

「あーっ、私、ブラシをかけてから、ちょっと日陰で一休みしようとして…」

…寝てしまった。

ハヤテさんが、やっと気づいたかと意地悪な笑みを浮かべながら見下ろしてきた。

「…ったく、いつまで昼寝している気だよ。いい御身分だぜ」

「はい…すみません。ナギさんに頼まれたことしていないし…怒っているかしら」

ほんの一休みのつもりが何時間寝てしまったのだろうかと、我ながら呆れてしまい、どんな嫌みを言われても仕方がないと思った。

「…ナギ兄は、一度お前を探しに来たんだぜ。でも、俺が起こそうとすると、寝せとけって止められたんだ。ホント、ナギ兄はお前に甘いよな」

ナギさんが…

同室になって二ヶ月余り、ナギさんは相変わらずぶっきらぼうで、打ち解け親しくなる気などないような人である。

それでも、私の言動が滑稽に見えるのか、時折、ナギさんの眉間のシワが消え、フッと緩く微笑む表情はとても温かいということを、私は知っている。

もう既に夕食の準備が始まっていることだろう。

「私、手伝ってきます」

慌てて立ち上がり厨房へ向かうと、ナギさんはスープの味見をしながら、こちらにちらりと視線を向けた。

「ナギさん、ごめんなさい。私つい寝てしまって、ナギさんに頼まれた鍋磨きをしないでしまって…」

「…長い昼寝だったな」

ナギさんは、火加減を見ながら、ゆっくりと鍋をかき混ぜる。

いつもながらの素っ気ない態度が、失敗の後ろめたさから、怒っているのかしらと不安になる。

「…ごめんなさい。明日からは、こんなことのないように、もっと気を引き締めて頑張ります」

「…疲れはとれたか?」

「…え?」

怒っているのかと思ったナギさんの振り返った表情は柔らかい。








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