FF15
□私と貴方と
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「(騒がしいな・・・)」
早朝、アーデンが目を覚ますと何処からか女性達のふざけ合う声が聞こえてきた。
調理のいい香りに釣られたのもあるが、近づくにつれて厨房から声が漏れている事を突き止める。
扉をそっと開けると、奥にいつもいる使用人とは違う者がいた。
「やだもー!ヒカリ様ったら!!」
「うちの娘なんかもー!ぐいぐい行ってるのよ!?あたしに似て!」
「いいわ〜!!あたしもいい男といい事したいわ〜」
「なんならオルタんとこの旦那もらってやろうか!!」
ギャハハとパワフルな笑い声が響き渡った。
「──ヒカリ!??」
思わずアーデンが呼びかけると、それまで騒いでいた使用人達が一斉に視線をこちらに向けて慌てて頭を垂れる。
つい驚いて声を上げてしまった。アーデンにはその場を壊すつもりは一切無かったのだが…。
「アーデン様!おはようございます。─わっ!?」
なんともない笑みで挨拶を交わしたヒカリだったが、鍋が吹きこぼれた事に驚く。
それに見かねた使用人がアーデンに会釈すると急いで鍋を掻き回した。
「あ、あー、君たち、兵の朝食に間に合わないといけないから…お願いするよ。──ヒカリはこちらへ…」
「あ、はい。それでは皆さん、ありがとうございました!」
ヒカリがエプロンと頭巾を取ってたたみ、棚へと仕舞う。
振り向きざまに手をふれば、使用人全員が笑って同じく手を振った。
「何故君があんな所に??いつから…」
「すみません、早朝に着いてアミューを探していたもので・・・」
コーディス家、ヒカリの侍女を勤めるアミュー。
彼女は昨日の夜からチェラム家へ研修のような形で来ていた。
「だが、今居なかったようだが・・・??」
「そうなんです…。あの子、何でも落とした道具で料理続行したものだから、調理長に怒られて飛び出したっきりの様で…」
見に来た手前、自分の侍女が放り出した仕事をそのままにする訳に行かず彼女が肩代わりしたという主旨の話をされてアーデンは苦笑いするしか無かった。
それと同時に「落とした調理器具で料理を続行」という力のある言葉を聞いてしまい、コーディス家の食事はどうなっているのかと、ややゾッとしたのもある。
(後で「そのような感じに料理担当からは外れてたので、当家の女官長に領主の城で学んでこいと叩き出された」とヒカリが言ったのだが。)
「そうなら心配だな。俺も探すのを手伝おうか。」
「え!良いのですか!?」
朝の散歩がてらとアーデンが笑う。
実際は規模の大きい城なのでヒカリ1人がさ迷うと二度手間なのもあるからなのだが。
*******
「(全く・・・朝から・・・)」
自分の真後ろでグズグズ、ズビビビと鼻を鳴らすアミューを連れて廊下を進む。
ソムヌスが早朝の軍務会議を終えた戻りだった。
廊下の角を曲がった途端に何かにぶつかり、その後ぶつかったものを見下ろせば絶叫され気絶までする始末。
たまたま知っている侍女だったから良かったものの、他人なら放置している所だった。
ソムヌスの服にアミューの涙と鼻水の跡が残っている。
「・・・そろそろ泣き止め。まるでオレが泣かせたみたいで、頭が痛い。」
「ヒッ!!ずびばぜんっ!!い、いま泣きやみまっ…」
「──ん?」
「ぶびっ!?」
ソムヌスが前から来る足音に立ち止まる。
背中にぶつかるアミューに振り向きはしなかったが、鼻水がマントに付いたであろうことに顔をしかめた。
何かを話している2人がこちらに気付いた。
「ソムヌス様!!あ、アミューも!!」
「ふぇーーヒカリさまーー」
感動の再会という様な大袈裟に抱き合う2人を間に、苦笑いと疲れた表情で見守った兄弟。
「ソムヌスが面倒見ていてくれたんだね」
「なっ、成り行きだ」
そうと言いながらも何だかんだで弱いものに付き合う辺りは昔と変わらないと確信したアーデン。
その場を祝福したかのような鐘が鳴る。
「食事の時間だね。どうだいアミュー、俺から料理長に話をするから一緒に行かないか?」
アーデンの申し出にアミューも頷き、連れられていく。
それを見送るとソムヌスが疲れたというため息をついた。
「大丈夫…ですか?」
つい、いつもの癖で例外な事があるとため息をつく。
確かに今回は慣れない相手に手をこまねいたのだが。
不安そうに見上げるヒカリの目を見て、「大丈夫だ」と微笑んでみせる。
「オレ達も行こう」
「はい!」
********
「あの、ソムヌス様」
「どうした??」
2人だけの食卓にヒカリはアーデンの姿が現れない事を質問した。
「ああ。兄上とは今は一緒に居ることは少ない。両親が亡くなってからやる事もお互い違うのでな」
本当は意見の違うものが近くにいるだけで揉めるのなら、お互い離れていた方が気が楽だからだと言う理由なのだが、それを正直に話した所でヒカリに不安な気持ちを落としかねないので最もらしいことを言ってそれ以上の話を避ける。
チェラム家の兄弟の仲が悪い事は今や誰が見てもわかる事ではあったのだが、彼女が兄も慕っている事を考えると余計な事は言わないに越したことは無い。
ヒカリをちらりを見るとパンをほうばりながらジャムの器を眺め笑を浮かべていた。
そうなると、先の質問の答えにそう悩まなくてもよかった気がした。
ソムヌスもつられてパンを食べ始める。
「・・・いつものとはまた違うのか。なんだか美味しいな」
そんなことを言っても彼女は今日初めてだから、分からないよなとすぐに口を噤む。
しかし、ヒカリは微笑んだ。
「このジャム今朝私が作ったんです!!良かった!!お口にあって!!」
キラキラと目を輝かせながら喜ぶヒカリ。
思わず呆気に取られたソムヌスにハッと我に返ったヒカリ。
「かくかくしかじかでして・・・。」
そういえば、あの時アーデンが酷く驚いた顔をして調理場から呼び付けていたのだから、きっとチェラム家では調理場に部外者を入れてはいけない決まりなのかと今更気がついた。
「あの、それで…調理場の方々がジャムをきらせたからと・・・」
離宮のジャムを持って行って元気になってもらうつもりが、成り行きで代換えとしてこの家の調理場へ渡した。
「では、毎日食べられる訳でもないのか。」
「はい。あ、いえ!お望みでしたら毎日持って行きます!そうしたら、ソムヌス様にも毎日会え・・・あっ!」
呆気に取られた顔をしているソムヌスに気がついて、つい身を乗り出し熱弁した自分に我に返る。
「毎日は来なくてもいい」
「あ…はい」
「貴女にもやるべき事はまだあるのだろう?それに、ジャムならうちの使用人から遣いを送るか、覚えさせよう。・・・オレやヒカリ殿が会いたい時に顔を出す、それでいいと思うがな。」
言葉が足りないのだろうか、ヒカリのしゅんとした表情にあと何を伝えたら良いのか悩む。
「・・・どうせその内、嫌でも一緒に居ることになるのだから」
ひねり出した言葉。
それはあながち嘘では無い。
これならどうだと、彼女の表情を伺うと驚きと照れが混ざったような顔をしていた。
自然とヒカリに見入っていると、彼女がこちらに気がついて優しく微笑んだ。
「ソムヌス様、ここにジャムがくっついてますよ」
ヒカリは指でソムヌスの口の端に付いているジャムを拭うとそのまま自分でその指を舐めた。そしてまた微笑む。
その一連の動作にソムヌスは心を奪われた気がした。