novel

□この先で、
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「ハッピーバースデイ、アスラン!」

響き渡る声は明瞭に、勢いよく飛び込んできた身体とその表情は明快に、自分への祝いの言葉を表していた。
自分の年齢を考えると、こうして声高らかに祝って貰えることもなくなってくる。だからこれはとても貴重で素晴らしい事だと思う。
そう、それは、これが早朝かつ職場でなければ、の話だ。

ニコニコとそれは嬉しそうな顔をした(恐らく敢えて空気を読んでいない)キラと視線が合ったままの居心地とタイミングの悪さに目眩を感じながら、アスランはそのすべての原因であるキラの前に立つ。

「ハッピーバースデイ、アスラン!」
「キラ、あのな…」
「ハッピーバースデイ、アスラン!」
「ああ、うん、ありがとう」

アスランからの返答を待って、むしろ強制的に言わせて、それにニコリと笑顔を送り当たり前のように、アスランの執務室のソファに座るキラを止める者は誰も居ない。

「キラ、あのな…」
「おかまいなく」
「…」

ここまで笑顔で言われて、ぐっと言葉に詰まる。
伝える言葉に迷って、何をどうすれば最良か、アスランの徹夜明けの優秀な頭脳はフル回転する。

「……」
「……仕方ないだろ、」

何だか悪い事をしてしまった感が否めない。断じて自分は悪くない、はず、だ。

「昨夜の事は早急対処事案だったし、俺以外で対処できる人物がいなかったんだよ」

段々言い訳の様になってきてしまった。
事実しか伝えていない。
昨夜はオーブで少し事件があった。と言ってもアスランは他の件でプラントへ出向していて直接は関わっていない。ただその指示や後処理が手古摺ってしまっただけで。

「だから、だな…」
「……」
「連絡はちゃんとしたし、お前も…」
「…っ」
「キラ?」

息を詰める気配に視線を座っているキラに落とせば、俯いて小さく肩を震わせている。
すっと冷静になった。
またやられた。

「キィラ、お前な…」
「ふふ、だって…っ、こんな単純な事に引っかかるとか、もう…」

本格的な笑いになったキラは先ほどと同じ体勢で更に肩を震わせている。
「ここの所、お前そう言う冗談にハマってるよな?」
「まーね!」

明るい返答に、諦めを乗せて溜息を吐けば、どっと徹夜明けの疲労感が身体を覆った気がする。自分の誕生日を徹夜で迎えた上に、何故か言い訳の様な謎の焦りに苛まれなければならないのか。
やや乱暴にキラの向かいのソファに座ればまだ笑いが収まらないキラと目が合う。

「おめでと、アスラン」

先程とは打って変わって、小さく穏やかに落とされた言葉に反応に遅れる。

「……ん、ありがとう」
「へへ、その顔は珍しい」
「は?」

訳が分からないと首を傾げるアスランを見てふにゃりと笑って見せたキラはそのまま立ち上がってアスランの横にやってくる。

「なに?」
「ん」

何も言わず突然両手を広げるキラを見上げる形になる。

「誕生日のお祝いに、僕がハグしてあげよう」
「なんでお前が偉そうなんだよ」

どうしたってキラの思考に追いつけないのは今も昔も変わらない。
更にソファに沈み込んで、ああもうと表情を崩して、キラを見上げる。

「眠いんでしょ?」

そう言われて、そうだったと自覚したら、瞼が重くなった。
本当なら昨晩から一緒に食事をしてそのまま今日を迎えるつもりでいたのに。
夜通しの案件を終わらせたら仮眠を取ってキラの所に行くつもりだった。
ソファが沈むのを感じて隣を見れば存外近くにキラの顔があった。
グイッと乱暴にアスランを抱き寄せるキラはまだ小さく笑っている。いつもと逆だななんて思って、この表情は大人になってから見るようになったキラだと、ふと思う。

「お疲れ様、オーブ何事もなくてよかったね」
「ああ…そうだな」

触れる温かさが心地いい。

「目が覚めたらバースデイパーティしよう?」
「はは、なんだそれ」

バースデイパーティと言う拙い言葉に思わず笑いが漏れた。

「ひっどい、結構前から用意したんだよ」
「それは悪かった」
「折り紙で輪っか作って部屋飾り付けしてさ」
「子供か」
「ケーキ買ったから、その上のろうそくちゃんと吹き消してね、それから…」

子供のバースデイパーティの様な内容を並べるキラの声を聴きながらそっと目を閉じる。
こんな早くから自分の所にやってきたキラはちゃんと眠ったんだろうか、何を思って朝から自分をからかいにきたのか。ただ今のアスランに分かるのは、隣にキラが居て楽しそうに笑っているという事だけだ。


小さく規則正しい寝息に耳を傾ける。
眠ってしまうと存外幼く見えるアスランをじっと見つめる。彼の色んな表情を見るのが好きだ。
驚いたり、焦ったり、徹夜明けで少し思考が鈍ってぼぅっとしてたり、仕方ないなと笑ったり、無防備に眠る。それこそ笑わず怒り、憎しみに染まった顔ですら、アスランの一部だ。
何年一緒に居たって変わらない表情も、成長して見せる顔もある、新しいアスランを見つけるのが好きだ。
その為なら困らせて、笑わせて、怒らせて、泣かせて。だなんて、キラのワガママだって分かっていても。
この先、ずっとそれが見られたらいい。
出来れば、それが一緒に居て自分に見せてくれる表情だといい。
寄り添って眠るアスランに回している腕に力を込めて、キラも目を閉じる。

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